現在の中国で道教は禁じられていない

ネットの匿名掲示板などを覗いていると、いまだに共産主義の中国では宗教が認められていないと言いはる頭の悪いネトウヨを見かけることがあって吹き出します。

確かに純然たるマルクス主義では宗教が毒として否定されていることは確かです。

でも、中国に純然たるマルクス主義があると思っているのは情弱のネトウヨぐらいのものでしょう。

現在の中国では宗教は条件付きで許されている

1949年に中華人民共和国が成立し、以降中国共産党の一党独裁が続いてきました。

実は中国にも、共産党以外に中国国民党革命委員会や中国民主同盟など「民主党派」と呼ばれる政党があります。でもこれらは「独裁ではない」風に見せるための存在でしかなく、一党独裁であることにはかわりありません。

建国以降しばらくは、中国でもマルクス主義風の共産主義体制で統治が行われていました。

ただ、その時代でも実は宗教弾圧は行われていませんでした。

中国で宗教弾圧が行われたのは、無産階級文化大革命いわゆる文革の時期です。

文革の時期、中国国内の宗教は確かに弾圧されました。

特に儒教は、批林批孔運動で弾圧され、各地の孔子廟は紅衛兵によって破壊されました。

仏教寺院でも仏像が破壊されたり、僧侶が還俗を強制されたりしています。

洛陽の仏教遺跡・龍門石窟では、石仏の顔が削られるなどの破壊活動が行われています。

道教も似たような状況でした。

ただ、寺院や道教廟は建物自体は、人民解放軍に接収されて兵舎として利用されるなどしたため、破壊をまぬがれたものも多いです。

その時期、禅宗の総本山である嵩山少林寺では貴重な仏典が、全真教の本山である北京の白雲観では貴重な道藏が、それぞれ心ある僧侶や道士の手によって隠されました。

そうした代表的寺廟に限らず、中国各地の寺廟に大切な文物を守った人々はいたことでしょう。

文革が終わり、江青ら四人組が打倒されて改革開放が始まると、宗教への弾圧も緩和されて、寺院や道観での宗教活動も許されていきました。

弾圧された=滅んだではありません。

文革期に限らず、歴史上中国では時代によって道教が弾圧されたり、仏教が弾圧されたりした時期が幾度もあります。

それでも宗教は絶えずに現代まで伝わっています。

文革期の宗教弾圧は共産主義思想によるものではない

一部のバカなネトウヨは、中国は共産主義国だから宗教がないと思いこんでいます。

しかし、文革期で行われた宗教弾圧も、マルクス主義、共産主義によって弾圧されたわけではありません。

全ては毛沢東及び四人組の権力闘争の一環として行われました。

中共が共産主義の思想に従って宗教を弾圧したと思っているならおめでたいおつむです。

信仰が許された現在でも、キリスト教の一部が弾圧されているし、チベットでは僧侶が虐殺され、ウイグルではムスリムが棄教させられたりしています。

ムスリムに無理やり豚肉を食べさせるという冒涜も行われているようです。

これらも、あくまでも中共が統治の都合で自らに従わぬものを始末しているという政治的な弾圧であり、共産主義の思想に従って宗教を否定しているためではありません。

ここらへんのことを理解していないと、批判すべき論点がずれます。

1994年~1995年ごろの中国の寺廟

私が中国に留学したのは、文革が終息してから10数年後の1994年。

その時点で、寺に行けばお坊さんがいたし、道観に行けば道士がいました。


西安市大興善寺で礼拝する僧侶:1995年当時


西安市萬寿八仙宮の道士:1995年当時

また、節目節目で道端で紙銭を焼く人の姿も見られました。

道教、もしくは中国の民間信仰では、死後の世界でもお金が必要。

そのために子孫が天の先祖に届けるために、天界のお金という設定の紙を燃やすのです。

洛陽の中国最古の仏教寺院と言われる白馬寺にも行きましたが、古い建物が残っていました。



洛陽白馬寺:1995年当時

洛陽の龍門石窟だけは、多くの彫刻の顔が削られ、ひどい有様でした。

現在中共は、龍門石窟の破壊は今の中国になる以前の政権によるものだなどとしていますが、大部分は文革の時に削られたものです。


洛陽龍門石窟:1995年当時

私が行った1995年は少しずつ修復が始められているといった時期でした。

中国では道教は中共に取り入って命脈を保っている

実際のところ、現在の中国ではある程度宗教が許容されています。

ある程度というのは、中共に逆らわない範囲でという意味です。

全真教が中心になって作られた中国道教協会などは「愛党愛国愛社会主義書画展」などというものを開いています。

信仰を守るためにあえて共産党に屈することも辞さずといったところでしょう。

権力者に阿って道統を保つなど、長い歴史を持つ道教にはお手の物といったところ。

宗教が権力者に屈っすることを、安全な日本から非難をする者もいます。

でも、逆らって滅ぼされるよりは面従腹背で命脈を保ったほうがいいに決まっています。

中共などいずれは滅びる運命ですから。

少なくとも今のところは、道教は中国で存在を許されていますから、「中国に宗教なんて存在していない」などというのは的外れにも程があります。