道教の神々:観音仏祖

台湾の道教廟の多くには「観音仏祖」が祀られています。
萬華や淡水の龍山寺はいずれも福建の晋江安海龍山寺から分霊を受けた観音仏祖が主祭神です。
観音が主祭神ならそれは仏教寺院ではないかと思うかもしれませんが、それは違います。なぜなら、仏教では観世音菩薩のことを「仏祖」などとは呼ばないからです。

台北市艋舺龍山寺
そもそも「菩薩」とは、上座部ではお釈迦様の修行途上の姿であり、大乗仏教では成仏を目指しながらも、自らの成仏より衆生救済に努める存在とされています。
もちろんここで言う成仏とは、現代日本で「化けて出ない」などという仏教とは何一つ関係ない文脈で使われているいい加減な慣用句としてではなく、本来の仏教で言う成仏です。
観世音菩薩は大乗仏教が作った菩薩の一つです。大乗仏教では、ブッダが持つ様々な側面を菩薩という形であらわしていると言います。
その中で、観世音菩薩はブッダの慈悲を象徴する菩薩です。
ただ、どういう設定であろうと仏教においては中心となるのは数々の菩薩ではなく、釈迦牟尼仏や毘盧遮那仏、あるいは阿弥陀如来などの仏です。
仏教の世界で観世音菩薩を「仏祖」とは呼びません。そもそも菩薩は如来ではありませんから。
観世音菩薩を「仏祖」としたのは、菩薩と如来の区別がついていない人です。
仏教から民間信仰へ取り入れられる
中国の民間では、仏教そのものよりも観世音菩薩を単体で崇拝する観音信仰が生まれました。
慈悲をもたらす観世音菩薩は、仏教の教学など知らずとも「神頼み」できる対象として都合がよかったのでしょう。
そういった面では日本の観音信仰も同様です。
ちなみに観世音菩薩が観音菩薩となったのは、唐の太宗の時代に世の字が避諱されたものだと言います。
つまり日本では気にする必要がないことですが、日本でも観音様と呼ばれています。
さて、仏教とは関係なく観世音菩薩への信仰が生まれたとはいえ、そこで道教がいきなり観音菩薩を道教神の観音仏祖として取り入れたというわけではないようです。
「観音仏祖」は、どうやら中国南部の福建あたりにある「家堂五神」という民間信仰から生まれたようです。
ここで言う民間信仰は、道教教団が公式に定めた設定によるものではなく、民間で特に道教だの仏教だのという分け方をせず、とにかく人気がある神様を集めて崇拝する信仰を指します。
この家堂五神に、観音菩薩、福建で人気の媽祖、中国全土で人気の関聖帝君、そして日本で言う土地神である福徳正神、火の神もしくは竈の神である司命真君が選ばれました。
媽祖や福徳正神も、今では道教神とも見られてはいるものの、もともとは地方で信仰されていた民間神でした。
それほど教養のない人達が、とにかく何の神様かはしらんけどご利益がありそうな神様だから祀っておけというノリで並べてみたといったところでしょう。
日本の神も仏も菩薩も、ヒンドゥー教由来の天部も区別なく、わけもわからず拝んでおけといいうノリと似たようなものです。
民間信仰から道教へ
仏教の菩薩ではなく、人気でわけもわからず拝まれている神としての観音菩薩が道教に取り入れられたのは明代だと考えられています。
例えば明代に成立したとされる『歷代神仙通鑑』には、
始皇不久北芸子乳城工人南海訪慈航大士
などの記述があります。
この「慈航大士」が道教に取り入れた道教神としての観世音菩薩です。
他に慈航真人などの神名があります。
観世音菩薩は補陀洛山に降臨すると言われます。
現在中国が不法占拠しているチベットのポタラ宮のポタラは補陀洛のことで、ダライ・ラマ法王猊下は観世音菩薩の転生だとされています。
この補陀洛山は中国では海上の島だということになりました。あるいは蓬莱、方丈、瀛州など海中にある神山と結びついた結果かもしれません。
「慈航」には観世音菩薩の慈悲の力によって海上の補陀洛まで導かれ航海するという意味がこもっています。
日本でも中国で作られたこの設定が真に受けられ「補陀落渡海」という修行が行われました。
観世音菩薩を慈航真人として取り入れたのも、福建に起こった閭山派道教ですから、家堂五神信仰の流れを受けたものと考えられます。
しかし、観世音菩薩が道教廟に祀られるときは慈航真人ではなく観音仏祖として祀られています。

台南市祀典武廟
この「観音仏祖」という仏教思想とはかけ離れた神名がいつ生まれたのかは不明です。
信者に対して慈航真人という耳慣れない神名より観音をつけて観音仏祖としたほうが受けがよかったのかもしれません。

台北市松山慈祐宮





