そもそも仙人って何?

そもそも仙人とはなんだっていう話です。
日本では仙人といえば浮世離れしてひげを長く伸ばしてるとか山に住んでるみたいな人を指します。外来語を正しく理解せずふわっとしたイメージだけで誤用するのは日本のお家芸ですね。
仙人よりもっと正しく理解されていないものに「仏」があります。
まあそれはさておき、仙人には明確な定義があります。
とはいえ、それは最初から決まっていたものではありません。
仙人の原型「真人」
『荘子』には「真人」という言葉が登場します。
何謂真人 古之真人 不逆寡 不雄成 不謨士
真人とはどういうものか?古の真人は足るを知り、自らを誇らず、作為的なことをしない。
寡は多寡という対比の言葉があるように少ないということ。少なさに逆らわない、つまり足るを知ることだと解釈しました。
「知足」は『老子』に「知足者富」とあります。
そして、
登高不慄 入水不濡 入火不熱
高いところに登っても恐れず、水に入っても濡れず、火に入っても熱くない。
そんな存在とされています。
これは無為自然に天命を受け入れ、天地の運行と一体となることで得られる境地です。
天地と一体となっているがゆえに、自然環境の影響を受けないという感じでしょうか?
ただし、『荘子』に言われる真人は不老不死ではありません。
古之真人 不知說生 不知惡死
古の真人は生を言わず死も憎まない。
『荘子』では生も死も道により与えられるものであって、寿命を伸ばすために必死になったりしないし、死を避けようともしません。生も死も自然のままで死んだからと言ってなにを嘆くことが有るのかというのが『荘子』の思想です。
しかし『荘子』より後代に成立した医学書『黄帝内経』には
黃帝曰 余聞上古有真人者 提挈天地 把握陰陽 呼吸精氣 獨立守神 肌肉若一 故能壽敝天地
皇帝が曰く、余は古に真人なる者がいたと聞いた。天地とともにあり、陰陽を把握し、精気を呼吸し、一人神を守って立つ。肌肉は若々しくゆえに寿命は天地の終わりまで続く。
とあります。
ここにいう「神」は神様ではなく気血を巡らせる生命の働きを指します。
これは荘子にある真人のイメージを引き継いでいるけれど、だいたい漢代につくられた書なので寿命を天地とともにする不老不死のイメージも加わっています。
漢代にはすでに「真人」は不老不死の仙人と結び付けられて考えられていたことがわかります。
仙人ではなく僊人だった
『史記』始皇帝本紀には「僊人」という単語がたくさん出てきます。
不老不死を求めた始皇帝のもとに、僊人から不老不死の薬をもらってくるとすり寄った方士がたくさんいたからです。
始皇帝本紀にはこんな一文があります。
盧生說始皇曰 臣等求芝奇藥僊者常弗遇
盧生が始皇帝に申し上げて曰く、臣らが霊芝や奇薬を求めても僊した者にはいつも会えません。
盧生は始皇帝を騙した方士の一人です。
霊芝は現代でも珍重されるきのこの一種。霊芝や仙薬を求めて深山幽谷に分け入っても「僊した者」には会えた試しがないというのです。
『荘子』外篇在宥に
僊僊乎歸矣
という部分があります。
雲将という人物が鴻蒙と出会います。雲将は鴻蒙に「天」と呼びかけますから、鴻蒙は「道」を擬人化したものでしょう。
雲将は王のような立場のようです。雲将は勝手気ままに振る舞っているつもりなのに民が従ってきてしまいますどうすればいいでしょうと鴻蒙に聞きます。
それに対して鴻蒙が答えた言葉です。
いろいろ解釈がありますが脱俗して真に帰することという解釈がもっともしっくりきました。
つまり仙人が僊人と呼ばれていた時代には、世俗から離れた常人にはたどり着けない世界に住む人と認識されていたのでしょう。
道と一体となり水も火も影響を与えない超人、そして蓬莱などの神山に住んで不老不死の秘薬を持つ僊人、それらがいろいろ混ざり合い、不老不死の「仙人」が作り出されたようです。
仙人の種類
一口に仙人と言っても種類があります。
葛洪は『抱朴子』で天仙、地仙、尸解仙の三種類を紹介しました。
後に『鍾呂傳道集』では鬼仙、人仙、地仙、神仙、天仙の五種類が考えられています。
天仙
『抱朴子』では、仙経によれば形そのままつまり生きたまま昇天したのが天仙だとしています。
『鍾呂傳道集』では地仙が人を導き、人間世界に功績があった上でその行いに満足し、天書をさずかって洞天に帰ったものが天仙だとしています。こちらは悟りを得た後に民を導くという禅宗に言う十牛図の影響を受けているかもしれません。
『鍾呂傳道集』は五代十国のころの華陽真人の著作と伝えられてはいるものの、それは言い伝えに過ぎず、十牛図が成立した北宋のころに著されたものだとしてもおかしくないです。
地仙
『抱朴子』では名山に遊ぶのが地仙だとしています。つまり不老不死を得ても自らの意志かそれとも実力差でなのか、天には昇らない仙人ということですね。
『鍾呂傳道集』では、神仙の才能があるが大道を悟らず、小成して長寿のまま人間世界で生きる仙人だとしています。
尸解仙
尸解仙の尸は死体のこと。
死後に蛻する。つまり脱皮するように仙人として生まれ変わったのが尸解仙だとしています。
尸解仙の元ネタになる仙人は『列仙伝』に出てきます。
例えば『史記』には龍に乗って天に昇ったとされる黄帝は死後に葬られた山が崩れると棺には死体がなく剣と靴だけがあった。
太公望呂尚の息子が棺の埋葬をしようとすると、棺の中には死体がなく書物だけがあった。
武帝が殺した鈎翼夫人(『史記』では鉤弋夫人)は死して一ヶ月も体温が残り、息子の昭帝が棺を埋葬しようとしたら棺には靴だけがあった等々。
葛洪は『列仙伝』に非常に入れ込んでいて、『列仙伝』を妄想だと言ってるやつらバーカバーカ劉向は秦の大夫の阮倉が書いた本の記録から『列仙伝』を書いたんだよ妄想じゃねえよと言い張っています。
まあ現代では実際には劉向より後の時代に著された本だということがわかっているのですが。
葛洪は『列仙伝』に死体が消えていたエピソードが多いことから尸解仙を考えたのだと思われます。
葛洪はまた、漢の武帝を騙した李少君も尸解したに違いないんだよ!と言い張っています。
鬼仙
『鍾呂傳道集』では、鬼仙は五仙の一番下で、死後に地府から超脱して輪廻から逃れたけど蓬莱や瀛州には帰れなかっただけのやつとわりと扱いが悪いです。
超脱して輪廻から逃れたのなら仏教で言えば成仏です。
要するにこれは、仏教が目標とする成仏なんて道教では最低レベルなんだよと言いたいのかもしれません。
人仙
『鍾呂傳道集』では、人仙は五仙の下から二番目。
正しい修行をしたけれど大道は悟れず、その中の一法、一法の中の一術を得ただけ、五行の気の運行を間違っていて病気になりにくいだけのやつとしています。
これただの健康な人では?
神仙
最後に神仙。
神仙は地仙が現世に嫌気が指し、内丹の功を重ねた後に陰気を滅して純陽となって、体の外に体をつくり仙人になったものとしています。
陰陽学から見ると陰気をもたない純陽はありえません。人が純陽になったとすればそれは死を意味します。体の外に別の体を作るというのも『抱朴子』に言う死後に蛻するに通じるものを感じるので、あるいは尸解仙を言い換えたものかもしれないです。
考えて見れば『列仙伝』に記載されている尸解仙と思われる人は黄帝とか太公望など有名な人が多い。そこで尸解仙をもうちょっと偉そうに見せるために神仙としたという説はどうでしょうか?
神様と仙人の違い
道教において神様と仙人に違いはあるのか?
全真教の経典『呂祖心經』には
能識人者為神 能自識者為仙
人に知られた者が神となり、自らを知る者が仙人となる。とあります。
つまり、よく人に知られた歴史上の偉人などが神様として祀られるけど、仙人は自らを深く探求した者がなるのだよということです。
禅宗の影響を強く受けた全真教らしい考え方だと思います。
ただ、実際の道教信仰では必ずしもそうではありません。
確かに関聖帝君や岳武穆王、保儀尊王、保儀大夫など歴史上の有名人が神様として封じられている例は多いです。

岳武穆王:宜蘭市碧霞宮
しかし、元始天尊のような抽象的な概念から作られた神、北極紫微大帝のような星から作られた神、龍神や雷神のような自然環境・自然現象から作られた神も多数います。

北極紫微大帝:台北市法主公廟
また、呂洞賓や媽祖といった羽化昇天して仙人になったとされつつ神様として祀られている場合もあります。

呂洞賓と八仙:台北市大龍峒覚修宮
老子などは『列仙伝』では仙人となったとされているし、道教では太上老君という神様でもあります。

太上老君:新北市保和宮
実際のところ神と仙人の境界線は非常にあいまいです。
そもそも道教そのものがあいまいな宗教なので、あまり細かくこだわらないほうがいいでしょう。






