道教の神々:中壇元帥哪吒三太子

中壇元帥哪吒は非常に人気がある神明です。台湾の廟を300箇所以上めぐってきた上での体感で言うと、6割ぐらいの廟に中壇元帥の神像が祀られています。
哪吒は托塔天王李靖の三男で、兄に金吒、木吒(西遊記では木叉)を持ちます。三男なので三太子。道教の世界で三太子、太子爺といえば哪吒を意味します。ちなみにこの場合の「爺」は年寄りを指すのではなく神様に対する尊称です。斉天大聖も大聖爺などと呼ばれます。
哪吒の日本語読みは「ナタ」です。安能務による『封神演義』の二次創作小説で「ナタク」とされ、それを元にした漫画でも「ナタク」だったので、主にオタ業界では「ナタク」で定着してしまいにはガンダムになりました。ガンダムのあれは哪吒ではないけれど影響はされているはずです。
元ネタはインド神話の神
哪吒の元ネタはインド神話にあります。
インド神話で財宝を守護する役割の神クベーラの息子ナラクーバラが原型。
ナラクーバラは後にシヴァとしてヒンドゥー教の主祭神となるルドラの眷属で、酔っ払って弟とともに聖者に無礼を働いたら木にされてしまい、ヴィシュヌの化身とも言われるクリシュナが無理やりその木を倒したために元の姿に戻れたのでヴィシュヌに帰依したという地味ーな神様です。
大乗仏教はインドで興起すると、バラモン教やその後継のヒンドゥー教の神々を主に仏教の守護神としてパクっていきました。クベーラ神もその中の一柱で、仏教にはクベーラの別名であるヴァイシュラヴァナとして取り入れられました。
それが中国に伝わると、音訳で毘沙門天または毗沙門天王、意訳で多聞天と名付けられます。
そして、毘沙門天といっしょに息子のナラクーバラも中国に伝わりました。
ナラクーバラが中国に伝わったのは、おそらく4世紀から5世紀の間ごろ。
曇無讖が漢訳した『仏所行讃』に
毘沙門天王 生那羅鳩婆 一切諸天眾 皆悉大歡喜
毘沙門天が那羅鳩婆を生み、一切の諸天がみな大歓喜した。
とあります。中国の歴史書などでは、父親に子ができたことを「生んだ」と表現します。
また、それより少し後に漢訳された『孔雀王咒經』には
那羅鳩婆羅夜叉住柯毘尸國
那羅鳩婆羅夜叉は柯毘尸國に住むとあります。
夜叉とは鬼神のことです。
玄奘三蔵より少し後の時代の三蔵法師に不空三蔵がいます。鳩摩羅什、真諦、玄奘とともに四大訳経家と並び称され、空海の師である恵果の師として中国密教の基礎を作った仏教史の中でも重要な人物の一人です。
その不空が訳した『佛母大孔雀明王經』には、
那吒矩韈囉 住於迦畢試
那吒矩韈囉は迦畢試に住む
とあります。
さらに同じ不空訳の『北方毘沙門天王隨軍護法儀軌』では「那吒太子」となりました。
爾時那吒太子手捧戟 以惡眼見四方白佛言 我是北方天王吠室羅摩那羅闍第三王子其第二之孫 我祖父天王
ある時那吒太子は捧戟を手に四方を睨みつけて仏様に言った「我はヴァイシュラヴァナ第3王子の第2の孫。我が祖父は天王です」。
そして、
爾時毘沙門孫那吒 白佛言世尊 我為未來諸不善?生降伏攝縛皆悉滅散故
ある時毘沙門の孫の那吒は世尊に対して言った「我は将来全ての不全の衆生を降伏せしめ、滅ぼしてみせましょう」。
と、けっこう不穏な宣言をしています。
興味深いのは本来毘沙門天の息子とされていたはずなのに、孫になっている点です。
単なる間違いなのか、毘沙門天の位が上がったためにおじいちゃんということになったのかはわかりません。
とにかく不空訳の「那吒太子」が、道教神「哪吒」が生まれるきっかけになっているのは間違いないと思われます。
道教の神・哪吒の誕生
唐代から宋代にかけて毘沙門天信仰が広まりました。
特に正一道の系統は民間で人気の神様なり仏菩薩なりを臆面なく自分のところの神様として取り入れていくので、そのころ毘沙門天が宝塔を持つ姿から「托塔天王」として道教に取り入れられたのでしょう。

毘沙門天立像:国立博物館
また、托塔天王はどういうわけか唐太宗麾下の将軍・李靖と結び付けられ、托塔天王李靖、托塔李天王などと呼ばれるようになりました。
毘沙門天は北方の守護神です。常に北方の突厥からの驚異にさらされていた唐代に唐土の守護神とされ、さらに唐建国時に軍功があった李靖と同一視されることになったのかもしれません。

托塔李天王:新北市無極天元宮
その息子の「那吒太子」が道教に取り入れられたのも、同じ頃かそれ以降のはずです。
元代になると様々な講談や雑劇が流行りました。そうした民間のエンタテインメントが明代になると『西遊記』や『三国演義』などの小説にまとめられていきます。
そんな『西遊記』の元ネタとなる雑劇の一つに『二郎神醉射鎖魔鏡』があります。
酔っ払った二郎真君がうっかり魔物を封じ込めていた鎖魔境を弓で射抜いてしまったため、牛魔羅王が逃げてしまった。そこで二郎真君がいっしょに飲んでいた哪吒三太子とともに牛魔王を捕まえに行かされるという内容です。
この劇での二郎真君と哪吒は、ちょっとグレた悪友といったところ。
ここではすでに哪吒は玉皇大帝に仕える天界神になっています。ということは、元のころにはもう哪吒が道教に取り入れられており、民間でもそれが認知されていたということです。
元代から明代にかけて作られた神仙辞典『三教源流搜神大全』には、三頭八臂に九只の目となっています。
そして、生まれて5日で東海で体を洗っていたら水晶殿をぶっこわしたので東海龍王にキレられたけれど、龍の軍団を返り討ちにして、天帝にうったえようとした東海龍王を待ち伏せてぶっ殺すとか、石磯娘娘の一族を殺したせいで報復を恐れた托塔李天王に死を迫られて自殺したところ、お釈迦様によって復活させられたなどの設定が書いてあります。
これは『西遊記』や『封神演義』では改変された形で使われています。『西遊記』では龍王までは殺していないし石磯娘娘とは戦っていません。また『封神演義』では死んだ哪吒を蘇らせたのは太乙真人になっています。とはいえ多少のアレンジがあっても、基本設定は『三教源流搜神大全』のものと共通しています。
これは『三教源流搜神大全』が元ネタになっているというわけではなく、『西遊記』や『封神演義』と共通する元ネタとなった雑劇や講談で作られた設定を載せているということだと思われます。
??三太子の信仰
哪吒は非常に人気がある神様です。
例えば現在の北京の街のデザインは哪吒の三面八臂フォームが元になっているという都市伝説があるほど。
『西遊記』も『封神演義』もたびたびテレビドラマになっていて、やんちゃな少年神の哪吒も注目されます。
近年では哪吒が主人公の劇場版アニメ『哪吒之魔童降世』が作られたし、それ以前にも哪吒が主人公のアニメはいくつかあります。
中国国外だと、台湾でも人気が高いです。
台湾では宗派を問わず多くの道教廟に祀られています。
しかし、意外なことに哪吒が主祭神となる太子廟は驚くほど少ないです。

台中市台中太子宮
だいたいの廟では主祭神を守る前衛の位置に置かれているか、五營神將を率いる中壇元帥として祀られています。

前列5尊は全て中壇元帥:台北市大稻埕慈聖宮
五營神將は東西南北を守る神将で、哪吒はその中心となる中壇を担う元帥です。

五營神將:台中市靈聖宮
また、玄天上帝の廟では天罡星三十六神将の一柱ともなっています。

三十六神将李元帥:高雄市元帝廟北極亭
保生大帝の信仰では、この三十六天罡星が玄天上帝に貸した神剣のカタとして預けられていることになっているので、保生大帝の廟でも三十六天罡星の中に入っています。
中壇元帥の像のほとんどは童子の姿で風火輪に乗り火尖槍を持つ『封神演義』バージョンです。

封神演義バージョン、その後ろに乾坤圈を持つバージョン:台北市松山慈恵堂
たまに三面六臂フォームや斬妖剣、斬妖刀を持つ『西遊記』バージョンの神像もあります。

向かって左が封神演義バージョン、右が西遊記バージョン:台北市北巡代天宮

三面六臂フォーム:台北市三聖太子宮
少年神の哪吒には、おもちゃやお菓子などが供えられているのをよく見ます。

中壇元帥に供えられたおもちゃ:台北市北巡代天宮
台湾の北から南まで

新北市北巡聖安宮

桃園市坑口誠聖宮

台中市萬春宮

彰化県彰邑城隍廟

台南市中和境北極殿

高雄市左営豊穀宮

基隆市奠濟宮

宜蘭県宜蘭感応宮
とまあこんなぐあいに台湾国内北から南までそこら中の廟に中壇元帥の神像があり、もはやまた中壇元帥かと思うぐらい普遍的に人気があります。






