神様と仙人、偉いのはどっち?

道教の世界観には神と仙人が存在します。

これは、道教が形成されていく過程で仙道や民間信仰、あるいは中国神話の神々儒教や仏教の神仏を取り入れていった結果で、さらには道教が独自に神や仙人を創作したりもしています。

では、神と仙人の違いはどこにあるのか?違うとすればどこに違いがあるのかについて考えていこうと思います。

道教では神より仙人のほうが偉い?

以前『封神演義』を解説したある本に、仙人は努力の末になるもので、神は過去の人物が特に努力もなく信仰によってなったものであるから、仙人のほうが位が上であるみたいなことが書いてあるのを読みました。

ネットでもその本を鵜呑みにしたのか、そんなようなことを言っている人を見たことがあります。

確かにそれだけ読めばなるほどそうかと思えるかもしれません。

しかし実際の道教信仰を見ると、そんなことにはなっていないことがわかります。

まず、現在の道教で最上位の神は三清道祖です。


三清道祖(上段):台北市法主公廟

三清道祖は元始天尊、霊宝天尊、道徳天尊の三柱から成ります。

このうち、道徳天尊は老子が神格化された太上老君ですが、元始天尊と霊宝天尊は実在の人物の神格化ではありません。

元始天尊はおそらく晋代に作られた天地開闢の神です。一説では元始天王=盤古が元ネタとも言われています。いずれにしても過去のだれかを顕彰するために神格された存在ではなく、天地の成り立ちを説明するために用意された神です。

霊宝天尊は道家思想に言う天地を運行する法則「道」を人格神の形にした神です。まず天師道が老子を始祖として取り入れ、神格化される中で、老子の思想の中核となる「道」も神とされました。

最上位の神の二柱がまず人間の神格化ではありません。

老子については、道教が成立する以前の『史記』の時点で老子は160歳余り、あるいは200歳余りで道を修めて長寿を養ったとあり、長寿の人物だったと認識されており、後に『列仙伝』に記載されたことから仙人だったと考えられていました。

しかし天師道による老子の神格化は、老子が仙人だったと考えられていたからではなく、おそらくは張道陵に道を授けたという設定を権威付けるためだったと思われるので、仙人ゆえに最上位にいるのではありません。

葛洪は『神仙伝』で老子を努力して長寿を得た得道者ではなく神として祀り上げる道士を批判しています。

ただ、これは葛洪が努力すれば不老長寿になれるという希望を捨てたくなかったからで、神より仙人が上だと考えていた証左にはなりません。

葛洪の主張は結局受け入れられず、老子は太上老君として信仰され、道教の最上位に据えられることになりました。

さて、現代の道教では、最上位の神は三清道祖であっても、神々のヒエラルキーで最も偉いのは天帝である玉皇大帝です。


玉皇大帝:基隆市慶安宮

これは、天帝を中心とする神々の天界政府機関では玉皇大帝が最も偉く、三清道祖はそうしたヒエラルキーとは外れた立場で最高位にあるということです。

玉皇大帝は元々は三清を補佐する四御の一柱として作られた神です。玉皇大帝は北極星が人格神にされたものと考えられており、誰か過去の人物が神格化されたわけではありません。

玉皇大帝は宋代に人気が出て、儒教における天帝=昊天上帝と混同されて天帝に据えられました。

もともと玉皇大帝が属していた四御のうち北極紫微大帝も玉皇大帝と同様北極星の神格化。おそらく違う地域で別々に北極星が神格化され、それが統合されたのでしょう。

天皇大帝は天を3つに区画割りしたうちの1つ紫微垣にある勾陳の神格化です。

そして后土娘娘は大地を神格化した地母神です。

玉皇大帝が天帝となって四御から抜けた後、その後任となった南極長生大帝もまた星の神格化です。

四御の次に偉い雷部の長・九天応元雷声普化天尊はもちろん雷が神格化されたものです。

つまり、道教世界で偉い神様は、太上老君を除くと全員が仙人ではなく神であり、太上老君も仙人としてではなく神として老子が神格化されたものです。

ここからわかるように、道教において仙人のほうが神より偉いということはありません。

神と仙人の境界線

道教が形成されていく東漢末から晋代ぐらいには、確かに仙人と神は違う存在だったようです。

葛洪の主張を採るなら、努力を経て得道した人間が仙人で、特に努力もなく人間の信仰によって生まれたのが神です。冒頭で触れた本はこの説を拡大解釈したのでしょうけれど、実際のところそこにどっちが偉いかという区別はありません。

そのころにはそもそもまだ道教に取り入れられた神や作られた神の数も少なく、ヒエラルキーの設定も固まっていませんでしたし、仙人もそれぞれ個々で好き勝手に生きたりたまに人助けをするだけで、師弟関係ぐらいはあっても組織だった行動などはせず、それゆえ誰が偉いか、仙人と神のどっちが偉いかという発想には至っていなかったものと思われます。

そして、唐代から少しずつ道教の設定が盛られていき、宋代になるとおおよその設定が固まっていきますが、同時に神と仙人の境界線はだんだん薄まっていきました。

神々にも成仙したという設定が作られるようになっていくのです。

例えば玉皇大帝は『高上玉皇本行集経』で光厳妙楽国の王子として生まれ、しかし国を捨てて修行をした末に得道して神になったというエピソードが作られました。これは光厳妙楽国が夢で太上道君=霊宝天尊から子供を授かって実際王子を身籠るというお釈迦様のエピソードの丸パクリですが、お釈迦様が修行の後に成仏する部分が、得道したということになっているわけです。

得道したというのは道教的には仙人になったということですから、つまりは玉皇大帝は仙人でもあり神でもあります。

玉皇大帝だけでなく、玄天上帝や天上聖母もまた、同じように修行の末に得道して神になったことになっています。

また、五斗米道の始祖張道陵や、八仙の一人呂洞賓などは、仙人でありながらも神として祀られています。


張道陵:台南市開基玉皇宮


呂洞賓:台北市覚修宮

もちろん死後に生前の功績が認められて神に封じられた元人間もいるし、西王母のように最初から神という場合もあります。

ただ、時代が下るにつれて神と仙人の境界はあいまいになっていっていることは確かです。

そうした変化を経てきた現代道教から見れば、仙人のほうが偉い神のほうが偉いなどと論じるのはまったく無意味なことです。

道教の世界観におけるヒエラルキーは、そのような観点からは決められていません。