道教の神々:月下老人

将来結ばれる男女が赤い糸で結ばれているという伝説。最近はあまり見ないけれど、平成ぐらいまでは日本のフィクションでもよく運命のカップルを示すために使われていました。

実はこの赤い糸伝説は中国発祥のもので、ある神様が関わっています。

それが今回とりあげる月下老人です。

月下老人は小説で作られた神

小説で作られたキャラクターが現実で信仰されている例としては斉天大聖があります。

『西遊記』では最後に仏となった孫悟空が、なんで天界を騒がせた斉天大聖の姿で信仰されているのか、そもそもなんで架空のキャラクターが実際に信仰されているのか、そんなツッコミに対しては知るかボケェとしか答えようがないですね。

中壇元帥は元がバラモン教の神だったとはいっても、現在信仰されているのはその後『西遊記』や『封神演義』で作られたキャラクターのほうなので、これも半分は小説出身の神と言っていいでしょう。

とまあ、小説で作られたキャラクターが神様として信仰されているのはそれほど珍しいことではありません。月下老人も、そんな小説出身のキャラクターなのに現実でも信仰されている神様の一柱です。

月下老人が最初に描かれたのは、唐代に著された伝記小説『続玄怪録』です。この中に『定婚店』という一遍があります。

内容はだいたいこんな感じ。

西北の杜陵に住む韋固が、河南の清河に旅行したときに、西龍興寺の石段に座る月明かりに照らされる老人がいた。何やら本を読んでいるので覗き込んでみると、見たこともない字で書かれている。そこで韋固が、これは何の本ですかと問うと、老人はこれは幽冥之書であり、現実世界の本ではないと答えた。

そして、幽冥人は人の人生を掌握しているというので、韋固はあなたは何を掌握しているのですかと聞くと婚牘、つまり婚姻が記された札だと言う。また持っている袋には赤い縄が入っており、この縄で足を結ばれた相手とは、それが敵だろうが異国の者だろうが逃れることはできない。

老人がこの縄がすでに君の足にも結ばれていて、それは野菜売りの娘だという。そこで老人について市場に行くと、その娘とは目が不自由な老女が抱く三歳の醜い幼女だった。韋固は、士大夫の私がなんでこんな醜い女と結婚しなければならないのかと怒り、人を雇って幼女を襲撃させた。

その14年後、韋固は年の頃16~17歳という美しい少女を紹介されて娶ることになった。この少女の眉間には刀傷が残っていた。韋固がまさかと思って聞くと、昔乳母に育てられていたときに切りつけられたが、幸い命を落とすことはなかったのだった。

まあこの韋固っていうのもろくな人間ではないですが。

とにかくこれはなにかの伝承を記したものではなく、完全にフィクションの小説です。

なお、日本のwikiだと出典が『太平広記』になっていて、ろくに調べもせずそれを鵜呑みにして書いてある記事もあります。確かに『太平広記』にも同じ内容の部分があるのだけれど、ちゃんと出典が『続玄怪録』だと書いてあります。『太平広記』の『定婚店』は、『続玄怪録』では元和二年になっている韋固が旅に出た年が貞観二年になっているけれど内容はほぼ同じです。

こうして、小説に登場した名も無き老人は、初登場の時に月明かりに照らされていたためにいつしか月下老人と呼ばれるようになりました。

それが神様として信仰されるようになったのがいつごろなのかはわかりません。ただ、中国ではそれほどメジャーな信仰にはならなかったようです。

台湾の月下老人信仰

月下老人は、中国からの移民によって台湾にももたらされました。

日本時代の昭和8年に相良吉哉という人物が編纂した『臺南州祠廟名鑑』に、いくつかの廟に月下老人が祀られていると記録されているようです。

それほど有名ではなかったこの神様が、台湾の国内で全国的に広まったのは戦後のこと。1980年に南投県の役場が、観光誘致のために日月潭の島の上に月下老人の祠を建てて、そこで集団結婚式イベントを開催しました。その様子がテレビでも取り上げられ、月下老人の名前が広まります。

その後、1990年代に入ると台湾各地の廟に月下老人が祀られて、良縁を望む男女の参拝客を呼び込むようになります。

それ以来、台湾では月下老人は縁結びの神様として人気になりました。

小説から生まれ、地方の観光誘致で広まった神様。西尾維新は怪異は人の認識から生み出されるとしましたが、神様も似たようなもんだということですね。

まあ月下老人に限らず全ての神は人間が作り出したものですから、その出どころが小説だろうが神話だろうが同じです。

台湾では特に迪化街の霞海城隍廟に祀られる月下老人が有名です。


月下老人:台北市台北霞海城隍廟

ここの月下老人は日本へも出張してきたことがあります。ご苦労さまなこってす。


2017年日本台湾祭

一部廟では、男女を結ぶ赤い糸が配布されています。まあ古い時代に考えられたお話なので男女になっているけれど、今の時代なら同性同士が結ばれていてもいいんじゃないかと思います。


紅線:台北市艋舺龍山寺

これ持ってたからといって都合のいい相手とつながるってもんじゃないと思いますけどね。

赤い糸が結ばれるのは足

原典の小説にもあるように、運命の赤い糸が結ばれるのはお互いの足です。その設定は現在でも受け継がれています。

ところが、なんでか日本だと小指が結ばれていることになっています。そして、日本の場合は赤い糸の伝説から完全に月下老人の姿が消えています。

ここらへんの外来文化を上辺だけ適当につまんで適当に改変する行動は日本人の面目躍如と言ったところ。庚申信仰からも天帝の姿が消えて、そのかわり青面金剛なんていう日本オリジナルの神がでっち上げられています。

日本のフィクションだと、天使が赤い糸を結ぶみたいになっているものもあります。多分出典を知らず勝手に西洋から来た伝説だと思ってるんでしょう。まあとにかく適当です。

適当といえば、神名も月下老人ではなく月下氷人とされている場合があります。

なんだよ氷人って、キグナス氷河かよって思って調べたことがあります。どうも、中国由来で別の話があるようで。

『晋書』列伝に索紞という人物の章があります。

索紞は敦煌の人で儒教に通じ、陰陽天文に明るく、そして占いが得意だと都で有名でした。この都が洛陽なのか長安なのか、建康のことなのかは「京師」としか書いていないのでわかりません。

ある日役人の令狐策が、氷の上に立って氷の下の人と話す夢を見たと相談すると、索紞は「氷上は陽で氷下は陰ですから、それは陰陽のことで、これはあなたが媒酌人となることを示しています」と解き明かしました。令狐策は「私はもう年寄りで媒酌人をすることなんてないよ」と答えたけれど、ほどなく太守の田豹の息子が結婚するときに媒酌人をすることになりました。

というエピソードが書いてあり、そこから氷人が媒酌人の意味になったとか。

で、日本で月下老人と氷人が混同されて月下氷人になったようですね。どれだけ頭が悪いと老人と氷人を混同するのかって話ですが。

外来文化は日本では何が何でも原型を留めさせてやらないぞという強い意思すら感じます。

道教の神々

Posted by 森 玄通