道教の神々:司命真君

本日1月25日は農暦の12月23日。中国の古いしきたりでは「送灶」が行われる日です。一部地方では翌24日に行われます。
魯迅の『祝福』は、年末に帰郷した主人公が女性の物乞いから死後の人間に魂はあるのか、地獄はあるのか、地獄で死んだ家族と出会えるのかなどを聞かれて、適当に答えてやったところ、翌日その女性が死んでいることがわかり、新年を迎える祝福の雰囲気の中、その女性の不幸な来歴が綴られていくという陰鬱な物語です。その『祝福』はこう始まります。
舊歷的年底畢竟最像年底,村鎮上不必說,就在天空中也顯出將到新年的氣象來。灰白色的沈重的晚雲中間時時發出閃光,接著一聲鈍響,是送灶的爆竹
旧暦の年末ほど年末らしいものはない。それが村なら言わずもがなだ。空には新年が来る天気があらわれる。灰白色の重く沈んだ雲の中に時折閃光が浮かび、続いて鈍い音が響く。送灶の爆竹だ。
灶神、つまり竈の神は年末になると天界に帰省するので、それを見送る祭りをするのが送灶です。ゆえにこの主人公が帰郷したのは、農暦12月23日か24日だと特定されます。
灶神が天界に帰省するのは何も年末を家族団らんやバカンスで過ごすためではありません。天帝に、その家の住民の功過――善行と悪行――を報告に行くためです。
古代からあった竈信仰
中国では紀元前から竈を祀る風習がありました。
家の入り口を守る門神、家の扉を守る戸神、井戸を守る井神、土地を守る中溜神、そして竈を守る灶神、この五柱の神々を祀る五祀は、早ければ商代、遅くとも周代には行われていたといいます。
また、この五祀にトイレを守る厠神を加えて六神とすることもあるようです。六神になると合体するんでしょうか?
『礼記』にはこうあります。
孟夏之月 日在畢 昏翼中 旦婺女中 其日丙丁 其帝炎帝 其神祝融 其蟲羽 其音徵 律中中呂 其數七 其味苦 其臭焦 其祀灶 祭先肺
孟夏の月には太陽は日中は畢宿の位置に、黄昏時には翼宿の位置に、日の出には女宿の位置にある。その日は丙丁であり、その帝は炎帝である。その神は祝融で、その虫は羽。その音は徴で音程は中呂。その数は七、味は苦で匂いは焦。その祀るものは灶で祭りに先立ち肺を供える。
竈は食事を作るための大切な設備です。竈がなければ飯も食べられません。だから大切にしたのでしょう。
日本では馴染みがないけれど、中国では豚の肺も食べます。日本でもアメ横センタービルの地下にある中国人経営の食肉店に行けば豚の肺が売られています。
肺を火の神に捧げるのは、おそらく肺が五行の金に属し、火剋金、五行の相剋関係で金は火に抑制される側だからではないかと推測されます。
灶神はすでに春秋時代には、その家に住む人の功過を天に報告に行くと考えられていたようです。
『論語』八佾にこうあります。
王孫賈問曰 與其媚於奧 寧媚於竈 何謂也
子曰 不然 獲罪於天 無所禱也
衛の霊公に仕えた大夫の王孫賈が「家の奥に祀られる神様より、竈に媚びたほうがいいと言いますがどういうことでしょうか」と孔丘にたずねました。
すると孔丘は「それはよろしくない考え方ですな、天に罪を得たならばもう祈祷をささげたところで意味がありません」。
孔丘としては、竈なんかに媚びるより行いを正して天に罪を得ないようにするのが大切だと言いたいのでしょう。
ただ、当時こんな言葉があったのは、竈の神が天に自分の悪事や過失を報告に行って、それにより寿命が短くなると信じられていたからだろうと思われます。だからこそ竈の神に媚びを売って悪い報告をしないようにお願いしていた。それに対して孔丘は、そんな媚びを売るのではなく行いそのものを正しくしろよと説きました。
孔丘もたまにはいいことを言うものです。
しかしそんな孔丘の教えも虚しく、一般の人々は相変わらず竈の神を祀り続けました。
司命神と灶神は別の神だった
時代は下った晋代に著された葛洪の『抱朴子』にこんな一節があります。
又言身中有三屍 三屍之為物 雖無形而實魂靈鬼神之屬也 欲使人早死 此屍當得作鬼 自放縱游行 享人祭酹 是以每到庚申之日 輒上天白司命 道人所為過失
又月晦之夜竈神亦上天白人罪狀
こうも言う。体の中には三尸がいる。三尸は無形で霊魂や鬼神に属するものだ。人を早死させようとしているが、これはその人を鬼にしてしまえば解き放たれて自由になり、供え物を楽しむことができるからだ。そのため庚申の日が来るたびに天に登って司命の神に人の過失を告げ口するのだ。
また、毎月の晦日には竈の神も天に登って、人の罪状を報告する。
鬼っていうのは日本人が思い描く妖怪の「オニ」でも、アニメのリブートが決まったラムちゃんでも、はたまた仮面ライダー響鬼でもなく霊のことです。
晦日は月の最後の日のことで、その年の一番最後の晦日が大晦日ですね。
この記述からわかるのは、葛洪の時代には人の寿命を決める司命神は天上にいて、灶神とは別の神様とされていたということです。
竈の神が天に登って誰に報告するかは書かれていないけれど、文脈から灶神もまた司命神に報告に行っていたのではなかろうかと思います。
つまり、少なくとも葛洪が『抱朴子』を著した東晋あたりの時代までは、灶神はあくまで各家々の竈に宿って人間の行動を観察し、それを報告に行くだけの神であって、寿命を決めるのは天上の司命の神だったわけです。
灶神と司命真君が混同される
人の寿命を決める司命の神は、おそらく宋代までには司命真君という神名になっていました。
宋代に撰された志怪小説集『夷堅志』に、そのものずばり司命真君と題する話があります。
福州の餘嗣なる人物が、あるお寺に滞在した夜、夢か幻か道衣小冠、つまり当時の道士のかっこうをした人物が部屋に入ってきました。そして、司命真君のお召であると餘嗣を逮捕して連れて行ってしまいます。しかし司命真君殿に行くと、許されて帰ることができました。それは餘嗣が日頃金剛経を読誦していたからだった。てなような内容。
志怪小説集に司命真君として収録されているということは、当時の社会ですでに司命真君という神名がそれなりにポピュラーだったのではないかと推測されます。
宋代は天師道が隆盛した時期なので、司命の神が道教に司命真君として取り入れられたことで広まったのかもしれません。
ただし、この時点では天にいて人の寿命を司っているだけで、竈の神としての性格はないようです。まだ灶神と司命真君は別の神格として見られていたのでしょう。
ところがそれ以降、いつの時代かは明確ではありませんが、灶神と司命真君は同一神として見られるようになりました。
現在では司命真君を「司命灶君」として祀る廟もあります。

司命灶君:台南市台湾首廟天壇
道教における司命真君の正式な神名は「九天司命定福東廚煙主保灶護宅真君」。
九天において命を司り福を定める東廚の煙主にして竈を保ち家を護る神。といったところ。
九天は天の中央+八方、つまり天の全て。命はいのちではなく命数です。
かつて中国では厨房は家の東側に作る習慣があったとのことで、東廚は厨房のこと。司命真君の別名の一つに東廚帝君があります。
厨房には当然竈があり、竈が保たれて火が焚かれるということは家が平穏無事であるということです。
前半は司命の神の要素、後半は灶神の要素となっています。
張恩主単
道教は神々のキャラクター付けに熱心な宗教です。元が人間だった神以外の、自然環境が神格化された神であっても性別が定められています。
天を統べる玉皇大帝は男性で、地面の守り神后土は女性です。
では灶神は女性なのか男性なのか?実は男性説と女性説がありました。
古い民間信仰の中で、竈に宿る神様というふわっとした認識だった時は特に性別を定める必要がなかったけれど、人格神として信仰するためには、性別も設定しなければならなくなったのです。
唐代に著された『酉陽雜俎』に、性別の設定が定まっていない様子が見られます。
灶神名隗 狀如美女 又姓張名單 字子郭 夫人字卿忌
灶神の名は隗で美女のようである。あるいは姓は張で名は単、字は子郭だともいい、夫人の字は卿忌である。
夫人が設定されているのだから張単は男性説のほうです。
唐代には女性説男性説両論が併記されていたのが、時代が下ると男性説が主流になり、灶神と司命の神が混ざることで司命真君も人間態の名前が張単ということになりました。
後に司命真君は鸞堂恩主信仰の五恩主の一柱となります。恩主信仰系の行天宮などでは「張恩主単」として祀られています。

台北市行天宮
灶神と年末大掃除
日本では年末に大掃除をします。これは本来、年が明ける前に家を清め、新たな年の年神様を迎えるためです。その本来の意義が失われた現代日本では、寒いときにわざわざ大掃除なんぞせんでもいいと思いますが。というと日本の伝統がーとか言い出すアホが湧くのだけれど、そういうアホに限って新暦に合わせて行うことには疑問を持たないのなんでだろ?
中国でも、新しい年を迎えるにあたって年末に掃除を行い、汚れとともに悪運を祓って新たな運気を呼び込む習慣がありました。これを「掃塵」といいます。日本の年末大掃除がこれをパクったものか日本でも独自に行われるようになったものなのかはわかりません。
おそらくは宋代以降、三尸説や灶神信仰と掃塵が結びついたお話が作られました。簡単に紹介するとこんな感じ。
ある時三尸虫が玉皇大帝に人間が皇上を呪詛したと讒言しました。それを聞いて起こった玉皇大帝は、自分を呪詛したという人間の家に蜘蛛の巣を目印としてつけて、豁落靈官王天君に命じて目印がある家の人間の魂を刈り取りに行かせました。
それを知った灶神は、人間たちに送灶の祭りの前に大掃除をするように命じ、掃除を怠った家には戻ってこないと言い渡しました。
人間たちは家の守り神である灶神が戻ってこなければ大変だと大掃除をして、蜘蛛の巣もすっかり払われました。
さてその夜王天君が地上にやってくると、目印とされた蜘蛛の巣はどこの家にもなく、それぞれの家から明かりがもれて団欒の様子がうかがえます。そこで誰の魂も刈らずに天界に戻り、そのことを玉皇大帝に報告しました。
玉皇大帝はそれで三尸の讒言が虚偽だと知り、三尸を罰しましたとさ。
とまあ、年末に行われる大掃除と、同じく年末の12月23日もしくは24日に行われる送灶が結び付けられて、大掃除をする由来のようなものが作られたのです。
日本昔話でもこんな具合になにかの由来をでっちあげた話があるので、それの中国版といったところ。
まあ、掃除をすると運気が上がるみたいなのを信じるのであれば、年末に大掃除をしてみるのもいいでしょう。






