『黄帝内経』が道教医学ではないとこれでもかと証明する記事

『黄帝内経』は伝説上の帝王・黄帝とその医学の師である岐伯、伯高、少師等々との問答によって医学が解説される書物です。現存する中国医学の書物の中では最古のものです。
「現存する中では」というのは、『黄帝内経』にもいくつかの医学書の題名が記載されているため『黄帝内経』が作られた当時にはそれより古い医学書があったことがわかっているからです。
現在残っている素問と霊枢からなる『黄帝内経』は、唐朝の役人・王冰がそれまで伝わっていたものを再編集したものですが、書名自体は『漢書』芸文志に「黄帝内経十八巻」とあるので、遅くとも東漢初期にはすでに存在し、史書に記載されるほど広まっていたことがわかります。
戦国時代から漢代の中期までにかけて、黄帝の伝説と老子の思想を結合した黄老の学が流行していました。『漢書』芸文志にも数多くの「黄帝」を冠した書物が記録されています。しかし『漢書』芸文志に記載される「黄帝」を冠した書物の中で、現代まで伝わっているのは『黄帝内経』ただ一つです。
さてこの『黄帝内経』。日本のある道教研究家が「道教医学」の経典だなどと呼んでいました。目の前で言われたらアホか!すぱこーんと頭をひっぱたいているところです。
そもそも『黄帝内経』が成立した時代には道教などありません。
まあ、黄老の学は道教の礎の一つでもあるので、そういう意味で道教医学と呼んだのかもしれないけれど、それにしても的外れであることには変わりありません。
ということで、ここでは『黄帝内経』の本文をもって、『黄帝内経』が「道教医学」だという認識を否定していこうと思います。
『黄帝内経』は道教医学ではない
まず『黄帝内経』素問の第一編「上古天真論」から。
黄帝は医学の師・岐伯にこう問いかけます。
余聞上古之人 春秋皆度百歲而動作不衰 今時之人年半百而動作皆衰者 時世異耶人將失之耶
余は上古の人は皆100歳を生き、動作も衰えなかったと聞く。だが今の人は50歳でもう動作が衰えてしまう。これは時代が違うせいか、それとも人が100歳まで生きるすべを失ったためか。
現代でも多くの人は50歳を過ぎれば体力も動作も衰えますから、ぶっちゃけ2000年前の人も現代人とたいして変わらなかったということです。
この問に岐伯が答えます。師匠だとは言っても黄帝の臣下ですから立場は黄帝のほうが上です。
歧伯對曰 上古之人其知道者 法於陰陽 和於術數 食飲有節 起居有常 不妄作勞 故能形與神俱而盡終其天年度百歲乃去
岐伯が答えた。上古の人でも養生の道を知る人は、陰陽の法則に則り、術数に和し、飲食に節度を持って、生活には正しい規則があり、みだりに疲労するようなことはしませんでした。だから体と精神が調和して、本来あるべき寿命が終わるまで生き、100歳を過ぎてから死んだのです。
陰陽の法則とはつまり四季の変化です。具体的には四季の変化に応じた生活をするということ。これは道に従うという老荘思想にも通じます。
術数は明代の医師・馬蒔は「術數者修養之法則也=術数とは修養の法則である」と解釈しました。この解釈も正しいとは思いますが、私はこの術数は素直に占いと解釈します。中国語では術数とは一般的に占いを指します。
占いは古代では天地の理を知るためのものでした。商朝では亀の甲羅や牛の骨を焼いてできる亀裂からなにやら解釈する甲骨占いが国の運営に用いられていたことがわかっているし、秦漢のころには風の流れや雲の動きから吉凶を読み取る風角や風雲、あるいは星を見る星筭という占星術などが行われていました。易占も陰陽の変化がどのような影響を及ぼすかを読み取るもので、決して「当たるも八卦当たらぬも八卦」などというものではありません。
術数に和すとはつまり天命に逆らわずに生きることだと見てもいいだろうと思います。天命に逆らわないとは『荘子』に強く説かれる思想です。
あとの節度ある飲食や規則正しい生活、無理な疲労を避けるなどは現代の健康法と変わりません。
まとめると、あるべき流れや変化に逆らわず、正しい生活をして過ごせば100歳の天寿を全うできるよということです。本当に100歳まで生きられるかどうかは別として、ここにあるのは実際のところごく常識的な健康法に過ぎません。
それに対して道教はどうか?
道教の最上位に置かれる目的は羽化登仙。不老長生の仙人になることです。
明代に実在したとされる道士の張三丰は
順為凡 逆為仙
順ずれば凡人であり逆行すれば仙人になれる
と説いたと言います。
逆行は自然な老化に逆らって行くということで、内丹では呼吸の鍛錬を重ねることで母胎にいる時の呼吸「胎息」に至ることを目指します。
『黄帝内経』が説くごくまっとうな養生法ではよくて100歳。しかしそれは当然自然に老いていった結果の100歳です。ところが道教ではまず不老、老いないことを目指します。そして同時に長生を求めるのです。「順」な方法で得られる「天寿を全うして100歳ぐらいで死ぬ」は、道教が求めるものではありません。
第一編にして『黄帝内経』は道教の思想とは合っていないのです。
「上古天真論」には確かに上古に天地と交わり寿命を天地と同じくする真人、中古に陰陽と和し世俗を離れて寿命を伸ばした至人、世俗にありながらも感情の起伏を制御し、恬淡にして心身が尽きることがない聖人など、後の仙人のイメージと重なる得道者も描かれています。しかしそれはあくまではるかな昔には天地陰陽の法則に従って長生きした人がいたこと紹介することで養生の理想の境地を示しているに過ぎず、『黄帝内経』が目指すところはそのような不老長生の仙人ではなく「盡終其天年 度百歲乃去」100歳の天寿をまっとうするということです。
この考え方は続く「四氣調神大論」でも重ねて述べられます。
故陰陽四時者 萬物之終始也 死生之本也 逆之則災害生 從之則苛疾不起 是謂得道 道者聖人行之 愚者佩之 從陰陽則生 逆之則死 從之則治 逆之則亂
故に陰陽四季は万物の終始であり死生の根本である。これに逆らえば災いや害が生まれ、従えば重い病気にはならない。これが道を得るということである。道は聖人の行いであり愚者は道に逆らう。陰陽に従えば生き、逆らえば死ぬ。陰陽に従って治療すれば病気は治り、逆らえば乱れる。
『黄帝内経』は医学書です。ここに説かれるのはいかに健康を保ち、体の不調や病気を治すかということで、そのための基本が陰陽の変化に従うということ。大げさにいえば天地の法則に逆らわないとなるけれど、実際には四季の変化に応じて生活しましょうねということです。
『黄帝内経』は不老も不死も目指しません。天地陰陽の法則に従うというのは、自然の法則である死にも従うということです。
そこで「生氣通天論」ではこう説きます。
謹道如法 長有天命
道に謹み法に従えば、天に与えられた寿命まで長らえることができる。
病気は体内の陰陽がバランスを崩した状態で、それを放置すれば寿命が縮まる。そこで崩れた陰陽のバランスを取り戻して病気を治す。そうすれば寿命が縮まることはない。これが『黄帝内経』の根本思想であり、現代中医学に至るまで貫かれている基本的な理念です。
道教は違います。
例えば『黄帝内経』が作られてから100年以上後、東漢末に五斗米道の張道陵、もしくはその孫の張魯が作ったとされる『老子想爾注』では
志隨心有善惡 骨隨腹仰氣 彊志為惡 氣去骨枯 弱其惡志 氣歸髓滿
意志には心に従って善悪が生まれる。骨は腹に従い気を仰ぐ。悪の意識が強ければ気は去り骨が枯れる。悪の意識が弱ければ、気は戻って髄を満たすだろう。
わかるようなわからないようなことですが、要するに悪い心が体を衰えさせるということで、五斗米道では信者に懺悔を行わせて、よい行いをすれば長寿を得られるとしていました。宗教的なモラリティーを涵養するという点ではそういう教えも意味があるとは思いますが、しかしそれは医学ではありません。
『老子想爾注』は
奉道誡 積善成功 積精成神 神成仙壽 以此為身寶矣
道の戒めを奉じ、善行を積んで功を成す。精を積んで神と為し、神を為して仙人の長寿を得る。これをもって体の宝とする。
と説きます。
ここで言う「神」は神様のことではなく、人間の生命力とも言える精を精錬して純化したようなもので、この点は『黄帝内経』の認識と同じです。『黄帝内経』霊枢・小鍼解に「神者正氣也」とあります。
しかし、そこから先は「仙寿」を説いていますから、これは明確に成仙を理想とする教えであって、明らかに道教です。
『黄帝内経』は医学という現実の科学を説く書であるゆえに、オカルトは否定します。「素問・五藏別論」でその姿勢が明確にされます。
拘於鬼神者 不可與言至德
鬼神のたぐいにこだわるやつに、この『黄帝内経』にある至徳を言って聞かせてはならない。
病気が悪霊や神のたたりのせいだと信じてるやつに、『黄帝内経』の合理的な医学理論を説いても無駄ですよってことです。
『マリア様がみてる』5巻にこんなシーンがあります。
「あのさ。今の祐巳ちゃんは、気持ちばかりが先に出てる気がするんだよね。うまく言えないけど、子供の合格を祈願してお百度踏んでるお母さんみたい」
「お百度、ですか」
時代劇で見たことがある。神社だったか寺だったか忘れたけど、願をかけた人が境内を何度も往復して手を合わせていた。確か、あれって誰かに見られちゃいけないとか、そういう決まり事があった気がする。
「でも、お百度踏んでいる人を呼び止めて、『これこれ、不気味だからもうやめなさい』なんて言っちゃだめでしょ」
言っちゃ駄目って言いながら、それはもう言っているのと同じだけど。
「不気味、ですか」
「うん」
「随分と、はっきり言ってくれますね」
「はっきり言って欲しくて、追いかけてきたんでしょ?」
「はあ」
ちょっと違う気もするけど。そうと言えなくもない。
「お百度参りや水垢離するより、温かいお夜食作ってくれるお母さんがいいなぁ」マリア様がみてる 「ヴァレンティーヌスの贈り物」(前編)今野緒雪著作・集英社コバルト文庫刊
願掛けのためにお百度を踏む人は、傍から見たら不気味なだけ。これは合格祈願について言っているけれど、病気についても同じです。病気の平癒を願ってお百度を踏むのも、神社を参拝してお守りを買うのも無駄なこと。千羽鶴など贈って「願ってる感」を出したところでそれで病気は治りません。でも、そうした行為が正しいと思っている連中に、「これこれ、そんなものは無意味だからもうやめなさい」と言っても「気持ちの問題だから」とお気持ちを押し付けられるだけで、言うだけ徒労に終わります。
「拘於鬼神者」も神仏に病気平癒を祈願する連中も同レベル。不思議な力に頼る者に医学を説いても無駄なのです。
「素問・寶命全形論」では再びこう説きます。
若夫法天則地 隨應而動 和之者若響 隨之者若影 道無鬼神 獨來獨往
天地の法則とは、応じれば動き、和すれば響き、従えば影のようである。道には鬼神はなく、ただ道のみが来たり行ったりするのだ。
『黄帝内経』で言う「道」は基本的には老子が説く天地の法則としての「道」と同じもので、そこには鬼神のようなキャラクター性はないのだと考えます。「道」は天地陰陽の自然な変化そのものであり、何らかの強い力を持つ存在の意志によって支配されているのではない。つまりは鬼神を拝むことで健康になったりはしないのだということです。
霊枢「賊風」では黄帝がこう尋ねます。
其毋所遇邪氣 又毋怵惕之所志 卒然而病者 其故何也 唯有因鬼神之事乎
邪気にも遭わず、精神的に不安定でもないのにそれでも病気になってしまうのはなぜか?鬼神がそれを起こしているのだろうか?
それに岐伯が答えます。
此亦有故邪留而未發 因而志有所惡及有所慕 血氣內亂兩氣相搏
其所從來者微 視之不見 聽而不聞 故似鬼神
それは邪気が体内に留まりまだ発病していなかったところに、精神的な変化が加わったために、気血が乱れ、陰陽の気がぶつかりあったためです。
その変化は微妙で、目に見えず、音にも聞こえないために、まるで鬼神が起こしたように見えるのです。
ここで言う「邪気」は、体に悪影響を与える過剰な気候変化のことで、霊的な何かのことではありません。現代日本にもこれを理解しておらず、宗教的な「邪気」だと思っているアホな鍼灸師がいたりしますけど。
続いて黄帝が聞きます。
其祝而已者其故何也
では祈祷によって病気が治るのはどういうことか?
歧伯曰 先巫者因知百病之勝 先知其病之所從生者 可祝而已也
岐伯が答えた。古代の祈祷師は百病を克服する方法を知っており、まず病気の原因を知ることで祈祷をしたために治せたのです。
つまり、巫医と呼ばれる古代のシャーマンは、病気に適した薬草などを知っており、患者を観察してその原因を理解し、薬湯を飲ませたりした上で祈祷をしたから治せたのだという解釈です。
『黄帝内経』は2千年ほど前に作られたにもかかわらず、不思議な出来事に対して合理的な考察を加える科学的思考で成り立っているのです。
これが書かれた後の時代、太平道や五斗米道でも御札を焼いたものを水に混ぜた「符水」を飲ませて病気を治したといいます。私はこれも、ただの水ではなく煎じ薬を使っていたのではないかと推測しています。
さてさて、こんなところでいいでしょうか?
これぐらい例を挙げれば『黄帝内経』が「道教医学」などではないことがわかると思います。
これでもなおこれが「道教医学」と言い張る輩に対しては「拘於鬼神者 不可與言至德」でいいんじゃないですかね。





