台湾道教と8+9

台湾では信教の自由が認められていますから様々な宗教が信仰されています。あの空飛ぶスパゲッティ・モンスター教まで認可されているというから、その自由度はある意味日本以上だと言えます。
では台湾で最も信仰されている宗教は何か?道教だと言いたいところではあるけれど、豈図らんやそれは仏教です。

?政部統計年報 宗教教務概況 中華民国108年(西暦2019年)版
一言に台湾の仏教と言っても様々です。例えば日本時代に日本から伝えられた浄土教系仏教として、地元信徒が創建した浄土真宗の寺があるし、台北MRTの駅名にもなっている善導寺は浄土宗です。禅宗だと、MRT劍潭駅近くの報恩寺が、中国の本家臨済宗ではなく京都の妙心寺派臨済宗に属します。あるいは、戦後国民党とともに台湾に渡ってきた外省人僧侶が伝えた中国仏教もあります。日本にも分院を置く佛光山は、2023年に亡くなった釈星雲が作ったこちらは本家中国臨済宗系の宗派です。釈星雲は国民党の党員でバリバリの統一派という本当の意味での生臭坊主でした。
仏教系の新興宗教もあります。以前たまたま通りかかった仏教系新興宗教の道場に招き入れられ、お茶とお菓子をごちそうになったことがあります。仏前での礼拝の仕方も教えてくれましたが、入信の勧誘などはされませんでした。
とはいっても、台湾の仏教信仰として大部分を占めるのは、福建からの移民が持ち込んだ観音信仰がベースとなったものです。??、淡水、鹿港の3箇所にある龍山寺、新北市の湧蓮寺など古い由緒を持つ寺院の多くが観世音菩薩を本尊とします。

新北市淡水龍山寺
福建の観音信仰は民間信仰の色彩が強く、道教との習合が見られます。龍山寺にも湧蓮寺にも、仏菩薩だけではなく道教の神々も祀られています。
早朝の??龍山寺では黒衣をまとった信徒たちが僧侶とともに読経し、まるで浄土教における称名念仏のごとく観音菩薩の名を独特の節を付けて唱えます。

台北市??龍山寺
しかし彼らは同時に後殿に祀られる媽祖か関聖帝君など道教の神々も拝むわけです。
ゆえに、自称仏教徒ながらも、実は道教も信仰している人の割合はかなりの数にのぼると思われます。それでも、八正道すら知らんくせに仏式の葬式をして寺に先祖の墓があるというだけで仏教徒を名乗る日本人が、特に疑問も持たずに神社を参拝するのと比べればだいぶましではあります。
とにかく、統計で自称仏教徒が多数を占めたとしても、台湾の場合は純粋な仏教徒はほとんどいないことは確かです。
台湾への道教・民間信仰の渡来
台湾にはだいたい17世紀前半ごろから中国からの移民が住むようになりました。当時台南を中心に台湾南部を占領したオランダ東インド会社は、対岸から中国人を移植させ、労働力を確保するとともに、原住民との対立構造を作ることで自分たちへの集団的な反抗を抑制しました。17世紀後半に入ってオランダ東インド会社は鄭成功の軍勢に駆逐されたものの、移入した中国人はそのまま定着します。なにしろ台湾海峡は個人がお手軽に渡って行けるようなものではありませんでしたから。
中国人移民は、鄭氏政権が20年ほどで潰れ、台湾が清の統治下に入ってから本格化します。そのほとんどは単身の男性でした。台湾海峡を渡るのは命がけですので、家庭を持つ人が家族総出で渡るわけにはいきません。一方男たちが出ていった福建では、『おにいさまへ…』の青蘭学園高等部のソロリティとか『マリア様がみてる』のリリアン女学園の山百合会のような、キマシタワーが建設されそうな姉妹伴という女性同士が強く結びつく文化が生まれました。
姉妹伴がてぇてぇのは置いといて、無事に台湾にたどりついた男性は、日本時代になって平埔族と呼称されることになる平地原住民の女性と通婚します。この子孫が現在台湾の人口の7割以上を占める福?(?南)人と2割ほどを占める客家人です。所謂「漢人(漢民族)」は父系が漢人なら母系にどんな血が入っても子孫は全部漢人だという概念なので、「台湾人」意識が高まる21世紀以前は漢人を自認する人も多かったようですが、実際には移民の漢人と原住民との混血の子孫です。
さて、命がけの航海をするにあたって人々ができることは神に安全を祈ることのみでした。航海の守り神である媽祖だけではなく、当時中国南部で広く信仰されていた観世音菩薩などの像を携え、台湾海峡に挑んだのです。そうして無事に台湾にたどりつくと、これは媽祖様のおかげだ、観音様のおかげだとなり、より信仰を深めていくことになります。
また、日本の統治以前の台湾は「瘴癘の地」と呼ばれるほど感染症が猛威を振るう土地でした。癘気から身を守るために、悪疫を払う王爺千歳の信仰も伝えられ、神に祈ったタイミングで疫病が収まるという偶然から信仰が広まったりもしています。
道教廟と黒社会
台湾ではよく道教の廟と黒社会、つまり日本で言う暴力団、反社会的勢力には繋がりがあると言われます。これには歴史的な経緯があります。
台湾に移民が増えて移民社会が形成されるようになると、中国から持ち込まれた神を信仰するための廟も建てられるようになっていきます。そして廟は、同じ出身地の人々が集まる交流の場ともなっていきました。
中国人は同族意識が強く、同じ出身地の人どうしで助け合う文化を持ちます。華僑が世界中に広がれたのも、この助け合いの精神によります。しかしその助け合い精神は、強い排他性という負の面も持ちます。
台湾に渡った移民は、当時生蕃と呼ばれた山地原住民相手はもちろんのこと、同じ漢人でも客家と福?で、さらには同じ福?人でも泉州系と?州系での抗争を繰り返しました。同じ出身地でもちょっと地域が違うだけで争ったりもしたのです。こうした抗争は「分類械闘」と呼ばれます。械闘は器械による闘争という意味で、器械は武器を指します。要するに武装した集団どうしの殺し合いです。
道教廟はしばしば分類械闘の基地となり、そのために焼き討ちされた廟も数多くあります。日本人にも縁結びのパワースポットとして知られる迪化街の霞海城隍廟は、同じ泉州出身なのにちょっと違う地域出身者どうしによる分類械闘で負けた側が元あった廟を破壊され、逃げた先で建てた廟です。このとき勝った側は龍山寺を基地にしていました。
こんな具合ですから、移民たちはそれぞれ自警団を組織しなければならなかったのです。こうして、地域の廟を中心とした武装集団が生まれていきました。こうした集団、もしくはそれを取りまとめる親分を「角頭」と呼びます。初期の移民は地元で食い詰めて荒海を超えてきた荒くれ者ばかりです。それが集まった角頭は自然とヤクザのような性格を持つようになります。
廟はまた、反清復明の秘密組織「洪門」の隠れ蓑としても利用されました。日本人の洪門メンバーである安部英樹氏の『洪門人による洪門正史』によれば、洪門に新規メンバーが加入する時は、神前にて掟を守る誓いを建てさせたといいます。神への誓いが秘密を守るための強い抑止力になるというのは、現代日本人にはわかりにくい感覚かもしれません。安部氏に言わせると洪門は反清復明の義によって結ばれた組織であってヤクザではない。確かに洪門=ヤクザとはならないけれど、実際のところ内部にヤクザのような連中を含んでいるのも確かです。
角頭も洪門も100%ではないにしろ黒社会の側面を持ち、そして廟と強くつながっていました。その伝統は現在にも残っています。
もっとも、安心してほしいのは、だからといって台湾の道教廟はヤクザの事務所のようなものではないということです。私が300座以上の台湾の廟を巡った中で、ヤクザに恫喝されたり怖い目に遭ったことは1度もありません。廟の中でたむろしているようなおっさんやおじいちゃんも大抵は気さくで親切です。
宗教的演芸と地元の不良
さてこの記事のタイトルにある「8+9」に触れていこうと思います。これは近年作られた数字に当て字する系スラングで不良少年を意味します。で、その語源を辿っていくと「八家將」に行き着きます。「八家將」の中国語の読みに数字と記号を当てはめたのが「8+9」です。日本で「ヨロシク」に「4649」数字を当てたのと同じノリだと思ってください。
台湾ではお祭りが盛んです。主に廟に祀られる神様のお誕生日などに祭りが開催されます。
道教のお祭りの中心は、神様の像を乗せた神轎、日本語で言うならお神輿を中心に、楽団やら獅子舞やらドラゴンダンスやらが街を練り歩く繞境=パレードです。日本の祇園祭的なものに近いと言えばイメージしやすいでしょう。
八家將はそんなお祭りのパレードによく登場する8人組のユニットです。小さい廟のお祭りだといないこともあるけれど、大きいお祭りの時には必ず見られます。台北最大のお祭りである青山祭りなど、複数の八家將のチームが参加しています。
八家將は純粋に台湾で生まれた文化です。元々は瘟神の五福大帝の部下として作られ、現在では城隍爺の配下ともされます。城隍爺は、江戸時代の町奉行のような役割を果たします。その街の安全を守る警察署長でもあり、捕えた悪霊などを裁く裁判官でもあります。そのため、部下に裁判官のチームと、捕吏のチームを持ちます。8人の捕吏のチームが八家將です。特に人気が高い七爺八爺、即ち謝将軍と范将軍も八家將に属する捕吏です。
パレードに参加して様々な演技を見せる獅子舞や八家將を陣頭と呼びます。陣頭の中でも花形なのが、若い男の子8人が演じる八家將です。
陣頭での八家將は顔に派手な隈取をして、ポイントごとに独特のステップを踏む舞踊を行います。肩肌を脱いだ衣装で練り歩く陣頭の八家將は、江戸の祭りのいなせな若い衆といったところ。
そして、この八家將を演じることが多いのが、地元の不良少年たちです。中には腕にガッツリとタトゥーを入れている子もいます。
台湾では刺青は日本のように忌避されません。コンビニでバイトをしている地味めの女の子だって腕にワンポイントのタトゥーを入れたりしています。ただ、腕全体とか背中にまでの、タトゥーというより紋々といった方がしっくりくるような刺青をしているのは、本格的なヤクザとか、わりと気合が入った不良少年ぐらいのものです。
八家將を演じるのは不良少年が多いということで、八家將→8+9→不良少年ということになりました。
不良少年といっても彼らはパレードの中で非常に真剣に演技をしています。かなり真摯に練習にうちこまなければ、あれだけ見事な動きはできません。
不良少年がなぜか地域のお祭には真剣に取り組むという現象は沖縄でも見られました。沖縄版盆踊りのエイサーの季節になると、見るからに悪そうな不良少年が真面目に告知のビラを配ったり、エイサーを一生懸命踊っていたりします。
台湾でも沖縄でも、伝統的、宗教的な演芸の継承には不良少年も欠かせない要素だということです。街で悪さをしていたら殴ればいいけど、お祭りで真剣に踊っていたらリスペクトしてもいいんじゃないかと思いますね。







