中元節

本日は農暦7月15日の中元節。中元地官大帝の誕生日です。
中元地官大帝は三官大帝の一柱で、正式な神名は「中元二品七炁赦罪地官洞靈清虛大帝青靈帝君」。
まず、地官として山岳神の五嶽大帝を統括し、また死者の魂が送られる地府を管轄します。
赦罪の権能を持つため、誕生日の中元節には恩赦によって地府で罪人を罰する地獄に送られた亡者が許され、地獄の釜の蓋が開いて許された亡者が地上に帰省することができます。
元々は豊年祭
中元節の元となる行事は道教が発生する遥か以前からありました。
『礼記』に
是月也 農乃登穀 天子嘗新 先薦寢廟
とあるのがそれで、立秋の後に穀物が収穫され、それを王が味わう前に祖霊の廟に捧げて豊作を感謝する行事でした。
それが民間にも伝わって7月15日にお祭りが行われるようになったといいます。
そして道教が成立し、三官大帝の神格が作られてから、中元節に移り変わったようです。
盂蘭盆会との習合
仏教が流入して数世紀経った中国では『盂蘭盆経』という経典が作られました。
成立時期ははっきりしません。3世紀末から4世紀初頭に西域伝来の経典を訳した竺法護の訳とされているものの原典は存在せず、それより後の時代に作られたものだと考えられています。
釈迦の十大弟子の一人目連(モッガラーナ)尊者が父母の恩に報いようと神通力でサーチしたところ、亡くなったお母さんが餓鬼道に堕ちていました。それを救う方法を如来に相談すると、如来は安居が終わる7月15日に十方の僧侶たちに食べ物を施して供養すれば、僧たちの威神の力であなたのお母さんは解脱できると教えました。
そこで目連尊者がそのようにすると、目連のお母さんは解脱し、餓鬼道から救われました。

目連救母:彰化県南天宮
という内容。
安居は、夏の植物が茂り虫が這い回る時期に歩きまわって無意識にでも命を奪ってしまわないために、僧侶が外出せずに室内で修行に励むことです。
日本では供養というと死者を弔う意味になっていますが、本来の意味は食べ物などを捧げることですね。
中国仏教は布教のために方便として中国人に馴染みが深い先祖祭祀を取り入れました。仏教では解脱はあくまで自らの修行の成果として得られるとしますから、他人の神通力で解脱を得られたとするこの経典が偽経であることは明らかです。
この偽経を元に、餓鬼道やら畜生道やら地獄道やらに堕ちた先祖の霊を救う法要が行われるようになりました。これが盂蘭盆会です。
で、日本人はその盂蘭盆会を真に受けて、完全に思考停止したままルーチンワークとして受け継いできました。
日本では中国仏教が信者を獲得するために儒教からパクった儀式が踏襲されていて、そのパクリ儀式の一環として、誰かが亡くなると位牌に魂を移します。
これは古い中国の死生観が元ネタです。人が死ぬと肉体から魂が抜けていずれ散り散りになって失われるので、位牌に封じ込めておき、肉体のほうは墓に保存しておいて、子孫が祭祀を絶やさずにいればいずれその魂が肉体に戻って復活できるという信仰に依ります。
まあ火葬しちゃうと戻る肉体もなくなるんですが。
仏教は当然そんな考え方はしません。仏教の考えでは人は死後49日経ったら転生します。転生に伴う苦の繰り返しはいやだ、だから輪廻から解脱して仏陀になろう。それが本来の仏教です。位牌も墓も仏教とは何の関係もありません。
位牌なんていう木の板に人の魂を保存できるはずはないけれど、とりあえずその設定に従って位牌に魂が宿っているのだとすれば、なんでお盆に墓から魂を迎えるって話になるのかなと、そこに設定上の矛盾があることに気づかず連綿と受け継がれ、日本の伝統行事だと騒ぐわりには伝統の農暦7月15日とはまったく関係ない8月15日 –年によって偶然農暦7月15日と重なることはあるにせよ– を「お盆の中日」とすることに何の疑問も持たないのは、やはり思考停止してるからだろうと思います。
それはさておき、この盂蘭盆会と中元節、どっちがどっちをパクったものかそれぞれの成立時期がはっきりしないのでよくわかりません。
とにかく同じ日に行われる行事なので、両者は習合しました。
現在台湾では「中元普渡」として、地上に戻ってきた亡者の魂を救済する法要が行われます。
そのわりには7月末日には好兄弟が地上に残らずちゃんと地府に戻ってくれるように祈願したりもするんですが。
中元節の風習
中元節の拡大解釈なのか、福建などでは7月に入るともう地府から亡者=鬼が戻ってくるとして7月を「鬼月」と呼びます。
その習慣は福建からの移民により台湾にももたらされ、現在の台湾でも農暦7月は「鬼月」だとされます。
まず台湾では地上に戻ってくる鬼を「好兄弟」と呼びます。これはせっかく地上に戻ってこられた亡者を「鬼」と呼んで気分を害さないための気遣いです。
そして、好兄弟のために街中のあちこちに祭壇が設えられ、好兄弟が食べられるように食べ物を備えておきます。

また、上記のように好兄弟を済度するための法要が行われます。
中元地官大帝のお誕生日を祝うよりも、好兄弟をどうにかしようとする行事などのほうが多いようなので、仏教要素のほうが強くなっているのでしょう。






