TVアニメ『天官賜福』第11話解説


TVアニメ『天官賜福』第11話より

半月妖道の正体は、太子殿下が200年前に世話をしていた少女「半月」。

半月が蝎尾蛇を操って行商人を襲わせた罪で扶揺によって捕縛されたとき、すでに周囲は大量の蝎尾蛇によって囲まれていました。

『天官賜福』第11話のあらすじ

扶揺の火炎の方術でなんとか蝎尾蛇の襲撃を免れた一行。

扶揺は、これが半月か三郎の仕業だと食ってかかります。

状況において冷静になれないアホが味方にいるとやっかいなんだよなあ。

炎が吹き飛ばされ、再び襲いかかる蝎尾蛇。三郎は傘をさして太子殿下を守ります。きっとただの傘ではなく方術で防御効果がかかっています。

扶揺は術を制御されて炎を出せません。扶揺はアホなのでそれを三郎のせいだと言いますが、犯人は他にいます。

暗闇の中半月に何者かが近づく声。

襲いかかる白刃。三郎はそれを迎え討ちます。

そして、太子殿下はその襲撃犯が天界の裴宿将軍だと見抜きました。

三郎と襲撃者、扶揺と蝎尾蛇が戦う最中、突然探偵アニメばりに推理をしだす太子殿下。

太子殿下は、裴宿将軍が飛翔、つまり神官として昇天する前に殺戮を犯していたことを知っていました。その現場こそ半月国。

天界では何者かの圧力により半月国の話題がタブーにされており、商人たちは案内されるかのように蝎尾蛇の巣窟に連れてこられていた。

状況証拠から太子殿下は一連の事件は裴宿将軍が殺戮の証拠隠滅のために行っていたことで、そして砂漠の案内人阿昭が裴宿将軍が化けた姿でした。

なんか怪しい雰囲気なのにあっさり死んだ阿昭。やはり犯人だったか。先に死んだと見せかけておいた人物こそ真犯人だったという推理モノに見られるパターンの一つですね。

しかし、200年前に半月の唯一の友達だった永安人の少年が裴宿だったことまでは太子殿下は気づいていませんでした。

そして半月から語られる真相。

200年前裴宿と知り合っていた半月は、半月国の国師となった後も裴宿と通じていました。

そして裴宿の争いを早く終わらせ民を苦しませないという言葉に乗せられ、城門を開いてしまいました。

極悪非道の半月人など殺して悔いはないと言い放つ裴宿。

そこへ、この数話完璧に放置されていた2人組お姉さんが出現し、また竜巻をおこして底で生き残っていた人たちを巻き上げました。

どうも白黒のお姉さんたちも神官だったようです。

なんだか悄然とした顔の南風もいます。

白のお姉さんCV.川澄綾子さんは、風師という神官で、裴宿が跪く立場の偉い神様。

裴宿も風師には嘘をつけずに、怨念を鎮めるために生贄を与えていたのは自分だと認めました。

阿昭は裴宿本人ではなく、天界にばれないために送り込んだアバターでした。

風師が砂漠で太子殿下を襲ったのは、この事件を自分たちの内々で解決するつもりだったからのようです。

風師は半月が凶の鬼ではあっても、商人を守って逃したことを見ており、罪は問わずに裴宿と刻磨将軍のみを連れて天界に帰っていきました。

黒いお姉さんCV.森なな子さんのほうは誰だかわかりません。原作にも「黒衣女郎」と書いてあるのみで説明はされていません。

一応外国語を日本語の知識だけで解釈して発狂する人のために付け加えておくと、中国語の「女郎」は若い女性を指す言葉であり、差別的な意味は一切ありません。

風師が太子殿下と親しげに話しているとむっとしていたので、風師と百合の関係にある神様だということにしておきます。

南風は、太子殿下が裴宿の罪を暴いたことで、その先祖で裴宿を跡継ぎにしようとしていた明光将軍裴茗を敵に回したのではと心配します。

しかし三郎は、裴茗はプライドが高く汚い手は使わないから大丈夫だと請け負いました。もう自分の正体を隠す気はないようです。南風もそんなことを言い出す三郎に疑問を持っていません。

太子殿下は気を失った半月を、三郎が取り出した小さな壺に方術でしまいました。太子殿下はしまっちゃうおじさんでした。

太子殿下は採取した薬草で蝎尾蛇に噛まれた行商人を治してやり、行商人の少年は太子殿下が神様だと見抜いて、大きな廟を建てて祀ると約束して去っていきました。

原作だと、風師は砂漠で竜巻を起こしたのは自分で、あのときはごめんなさいと謝ってるけど、アニメでは謝らずに帰っていきました。

太子殿下に料理を振る舞うと言われた南風もダッシュで去っていきます。ところで風師たちが去って以降扶揺の姿がありません。どこ行った?

2人残された太子殿下と三郎。そして太子殿下は、三郎に花城と呼びかけました。三郎は否定せず「その名前より三郎と呼ばれたいな」と答えました。

尊い!

『天官賜福』第11話の解説

三郎の正体が四大害「血雨探花花城」なのはわりとあからさまにバレバレだったけれど、作中では太子殿下たちは疑いつつも確信はできずといった感じで話が進んでいました。

砂漠に行ってからは人間かどうかをテストするみたいなシーンもあったけれど、三郎の力が強いためかごまかされていました。

ただ、三郎自身は、自ら名乗るつもりはないけれどそれほどバレることも気にしていない感じではありましたね。

結局、前回お姫様抱っこされて人間じゃないことを確信したことでやっとわかったという感じでしたが、扶揺も南風もとくに説明もなくぬるっとわかっていたみたいな流れになっていました。

まあ太子殿下は好きになったら相手がどんな存在でも好きって三郎に告白してるので、それが凶の鬼の花城でも関係ないってことだと思うけれど、扶揺と南風はどうなんでしょうか?

でも、視聴者には完全にばれていたことをめんどくさい説明で暴かれるより、これぐらいすんなりわかっちゃったみたいなほうがいいとは思います。

さて、襲撃者の2人組の白い方は「風師」だとわかりました。竜巻を作ったりして風の神様であることは明らかです。

古代中国では風師が祀られていました。

『周礼』春官宗伯にこうあります。

大宗伯之職 掌建邦之天神人鬼地示之禮 以佐王建保邦國 以吉禮事邦國之鬼神示 以禋祀祀昊天上帝 以實柴祀日月星辰 以槱燎祀司中司命風師雨師

大宗伯の職は建国の天神人鬼地示への礼を掌管することである。それにより王を補佐して国を建て保つ、吉礼によって国の鬼神を示す、昊天上帝を祀る、日月星辰を祀る、司中、司命、風師、雨師を祀る。

天神人鬼地示は、天の神、人の先祖の魂、そして地祇=土地神のこと。

孔丘が「怪力乱神を語らず」と言ったために、日本では儒教は超常現象や神を認めないなんてアホな勘違いをしている連中もいるけれど、孔丘の立場は「鬼神は敬してこれを遠ざく」。鬼神には敬意を示し、民としての義につとめることが知であるというもので、鬼神の存在自体は否定していません。そもそも儒教は先祖への礼拝を重視しますから、鬼、つまり先祖の魂を否定するわけはないんですが。

昊天上帝は、遊牧民がもたらした「天」への崇拝から生まれた神で、のちに道教の玉皇大帝と混同されて習合します。司中はおそらく天神だと考えられます。司命は人の寿命を司る神。そして風師と雨師。

道教の廟へ行くと「風調雨順」と書かれた提灯やろうそくなどを見ます。


台北市天后廟

農業社会では風がととのい雨が順調に降ることは重要なことです。現代だってちょっと気候が乱れただけで収穫が減って野菜が高騰したりします。ましてや古代では生産減は飢饉にもつながりかねません。

風や雨の神を祀って風調雨順を願うのも為政者の重要な仕事だったのです。

ところが、道教となると風の神様は見かけません。雷や水の神様はいるのに明確に風を司るとされる神様がいないのです。

風神を祀る廟は、私が知る限りでは台南市の風神廟のみです。


台南市風神廟

一方、中国南方や台湾、沖縄など東シナ海周辺地域には「まっすぐしか進めない魔物」という共通認識があります。

例えば高雄の龍虎塔にあるギザギザの橋。


高雄市龍虎塔

これは「まっすぐしか進めない魔物」が進めないようにしてあると言います。

また、沖縄や台湾で見られる石敢当。

現代の沖縄ではどこにでもてきとうに付けられていますが、本来は道の突き当りに置くもの。「まっすぐしか進めない魔物」が進んで来た時に、道の突き当りで粉砕するための防衛装置です。

こうした特性から、私は「まっすぐしか進めない魔物」とは風のことではないかと考えています。

風はゴミや土埃を運んで来る。昔の人は伝染病なども風が運んでくるものと考えたのかもしれない。風はどちらかというといらないものを運んでくるもので、それを象徴的に魔物としたのではないでしょうか?

それが道教に風の神様が見られない理由かもしれません。