道教とはどんな宗教か

道教は中国で生まれた宗教です。
中国の信仰の中核をなす存在の一つであり、また中国人の移民によって台湾、シンガポール、マレーシアなど中国以外の国々にも伝えられ、それぞれの国でも信仰されています。
宗教の分け方の一つに「自然宗教」と「創唱宗教」があります。
例えば日本の神道のように、明確な創始者がおらず原始的な信仰から自然発生的に形作られていったのが自然宗教。
仏教やキリスト教のように、まずその宗教の根本となる教義を説いた人が存在するのが創唱宗教です。
道教は古代中国にあったアミニズムやシャーマニズムから発生した自然宗教の一面を持ち、しかし老子を始祖とする(もちろんこれは一部道教宗派による後付ですが)創唱宗教の一面も持ちます。
道教は「道教」の一言では説明できないもの
幸田露伴の『道教に就いて』は、非常に簡潔に、かつわかりやすく道教の概略をまとめてあります。
これだけで道教のことを全て理解できるわけではないけれど、道教の大要をつかむのには適しています。
『道教に就いて』の中で露伴は「道教は支那に於て儒教と佛教と共に鼎立の勢を爲してゐる一大教系であり、其分派も少からず、又其教義も少しづゝの異を有して居り、草率に其の如何なるものであるかを説き、且つ之を評論することは、もとより不可能の事に屬する。」と言っています。
これは非常に的を射た言葉です。
道教といっても「こういうもの」と一言で言い表すことはできません。
例えばよく言われるのは、古代にあった仙人を目指す長生術と雑多な神への信仰が結合し、後に老荘思想や仏教思想で理論的に整備していったというもの。
確かにそれは最大公約数的に道教のことを説明してはいます。
でも、道教宗派の中でも勢力を二分する正一教と全真教でもかなり内容は違います。
正一教と全真教はまったく違う
道教の中で大きな派閥を成す正一教では、仙人を目指す内丹法などはほぼ行われてはいません。
例えば正一教が中心となる台湾道教では、道士のほとんどは在家の兼業で、どちらかというと日本で言うお祓いや、吉凶を占うことのほうが重視されています。
台湾の道教学校で教えられているのも紫微斗数や四柱推命のような占いばかりです。
台湾の人は迷信深く占い好き。
自分自身で修行するよりも、神頼みをして占いで先行きを示してほしいという需要のほうが多いのです。
台湾の道教廟に祀られる神々にはそれぞれ職能があり、天上聖母や関聖帝君など人気が高いゆえにもともとの職能を超えて万能の神として祈られる存在もあります。
しかし基本的には試験の合格祈願では文昌帝君を拝み、安産祈願では註生娘娘を拝み、縁結びの祈願では月下老人を拝み、それぞれの神様の職能によりご利益を得ることを期待します。
この点は日本の仏教も似たような状況にあります。
上座部仏教の僧侶でスリランカ出身のアルボムッレ・スマナサーラ氏は、日本で上座部仏教の寺院を開いておられます。
スマナサーラ氏が日本に来た当初、日本人に仏教の思想はどうでもいいから厄除けのお祓いをしてほしいなどと言われたとか。
また、日本人も仏像になにがしかの自分に都合のいいご利益を求め、観世音菩薩の慈悲心や文殊菩薩の智慧を学ぼうとはしません。
一方中国北方では、正一教のようないわゆる符録派より後発の全真教が主流です。
全真教でも始祖として呂洞賓を崇めたり、あるいは全真教の道士である張三豊が興した武当派で玄天上帝を祀ったりしますし、在家信者のためにお祓いをしたりもします。
しかしどちらかというと出家して内丹修行を行い、仙人を目指すことが重視されます。
まことに乱暴な分け方をすれば、正一教は基本神頼みで全真教は仏教で言う自力修行を重視します。
これは全真教の始祖王重陽が禅宗の影響をうけたためでもあります。
正一教も全真教も、儒仏道の三教合一を標榜している点では同じです。
ただし、正一教の場合は道教の神様と仏教の仏や菩薩などを同時に崇拝するという形をとり、全真教の場合は出家主義や思想的・理論的部分などを仏教や儒教から取り入れているという違いがあります。
要するにスローガンは同じでもコンセプトが違うのです。
正一教と全真教は広く見れば共通点が多いけれど、内容的にはほぼ別の宗教です。
中国南部の事情はよく知りませんが、台湾の正一教には観音信仰と、中国南方の民衆信仰であった媽祖信仰などが深く結びついています。
台湾には他に神降ろし占いの「扶乩(扶鸞)」の流れを組む恩主信仰の系統もあります。
このように、道教という宗教は幸田露伴が言うように軽率に「こういうものである」と言い切ることができないものです。
例えば上座部仏教と浄土教、密教はまるで違う宗教だけれど、大きなカテゴリー分けでは「仏教」に入れられます。
それと同様に、「道教」とは非常に大雑把なカテゴリー分けのための用語であり、どのようなものか説明するためにはそれぞれの宗派ごとに分ける必要があります。





