七夕

本日8月14日は農暦7月7日の七夕です。今年はあいにくの天気で星は見えそうにありません。
日本ではアホな明治政府が伝統行事も新暦の日にちですることにしたため、だいたい梅雨のさなかでめったに星が見えないという頭の悪い結果になったにもかかわらず、多くの日本人がそれに疑問を持つことなく新暦7月7日を七夕だと信じています。
もちろん、七夕を新暦で行うアホな国は日本だけです。
七夕の起源
七夕はおそらく春秋戦国時代ごろに始まった風習だと考えられています。そのころは道教の元になる信仰は存在していても、道教という宗教は存在せず、道教とはまったく関係がない行事でした。
農暦7月7日のころは織女星=琴座α星ベガが一年のうち最も高い位置に来て明晰に見え、その東に牽牛星=わし座α星アルタイルが対することから、一年に一度の星の逢瀬がお祭りされることになったとか。古代中国人は実に雅ですね。現代中国人にこの風雅はありません。
こうした天文現象が観測されたのも、古代の人々が主に星占いのために夜空をよく観察していたためでしょう。
ベガとアルタイルはデネブとともに夏の大三角形を形成し、日本にはその化身として仮面ライダーゼロノスがいます。
ベガが織女星とされたのは季節の移り変わりと関係があります。
七夕が生まれた頃の文化の中心だった中国北部は、農暦9月には気温が下がるので衣替えが必要となります。そのための服を農暦8月ごろに裁縫しだす。そのためには、農暦7月に布を織り始めなければいけない。
そこでベガが冬用の布を織り始める時期の象徴と見られるようになったようです。
また、アルタイルは農暦9月のお祭りに供犠とする牛に、よく育った草を食べさせる時期にあたるため牽牛星とされたとか。
と、このように非常に季節と関連性が深い行事ですから、それを新暦の日付でやるのはどんだけバカなのかって話です。
道教との結びつき
かつて針仕事は女性の大切な技術の一つでした。
近年は女性がやる仕事なんて言うと即差別だと発狂しだす層もありますが、女性だけがする仕事として誇りに思えばいいんじゃないかなと思います。
私なんかはボタン付けと雑巾縫うぐらいのことしかできません。
さて、ベガが織女星として祀られるようになり、女性たちは七仙女を祀って針仕事が巧みにできるように願いました。これを「乞巧」と言います。技巧の向上を乞うということです。日本でも「乞巧奠」として行われていました。
この七仙女は、後に道教に取り入れられ西王母が育てる仙桃の化身とされました。
また、織女星と牽牛星の逢瀬から、牛郎織女の伝説も作られました。
現在残っている牛郎織女のお話の概要は以下の通り。
天河の東に天帝の娘の織女がいて、天の衣を織っていた。天帝が娘が独り身なのをあわれに思って天河の西に住む牽牛郎に嫁がせたところ、夫婦は怠けるようになり織女は機織りをやめ、牽牛郎は牛を牽く仕事をしなくなってしまった。
それに怒った天帝は織女を天河の東に戻し、7月7日だけ牽牛郎に会えるようにした。
また織女が七仙女の一人で玉皇大帝の孫というバージョンもあって、こちらは牽牛郎が天河で水浴びをしていた織女の服を盗むという羽衣伝説との結合も見られます。
これは道教に取り入れられたというよりは、道教的世界観を利用して作られたお話です。天帝が西王母になっているバージョンもあります。
各国の七夕の風習
中国では一部地域に七仙女を祀る風習がまだ残っているようです。刺繍などの手芸品をお供えするのだとか。
中国以外の国を見ると、台湾では七夕は「七夕情人節」になっています。情人は恋人のこと。好きな人に告白したり、恋人にプレゼントをする日になっています。
また、福建からの移民がもたらした風習として「七娘媽」を祭ります。七娘媽は七仙女とは違い織物や針仕事の神様ではなく子供の守り神で、子供が数え16歳になると七娘媽が祀られる廟にお礼に行くといいます。
日本の中でも伝統文化を重んじる沖縄では、現在でも七夕は農暦7月7日に行われます。ただ、沖縄ではお墓を掃除する日になっています。
沖縄ではまず清明節に掃除を兼ねてお墓参りを行い、お盆の一週間前にあたる七夕にまた掃除をしてお盆に備えます。
ベトナムでは牛郎織女が変形し、牛郎が地上の人間になっているようです。
地上で牛郎と結ばれた織女が天に引き戻されて離れ離れになってしまうというお話は、こちらも羽衣伝説が混ざった結果かもしれません。
ベトナムでは七夕には小豆を食べる風習があるようです。






