道教における「気」とはなにか

日本人は歴史的に外来文化を正しく理解する能力が欠けており、だいたいの外来文化は日本に来て間違った解釈をされて捻じ曲げられます。

この民族性については先達がいろいろ論じていますが、「造り変える力」だとか都合のいい解釈をして、日本人が外来文化を融通無礙に受け入れる許容性の広さだみたいなことを言い張ったりします。

でも私は逆に、外来文化を正しく理解して受け入れるだけの能力も度量もなく、自分たちの都合のいい部分だけつまみ、都合のいいように捻じ曲げる狭量さをあらわしていると思いますね。

そんな日本人が正しく理解していない文化の一つに「気」があります。

「気」とは

現代中国の簡体字では「気」は「气」と書きます。日本では旧字体と呼ばれる繁体字では「氣」です。

しかし、簡体字の「气」は「氣」を略したものではありません。

「气」は気体を表した象形文字として作られました。


参照:https://baike.baidu.com/item/%E6%B0%94/35794?fr=aladdin

つまり簡体字の「气」は原字に戻っただけです。

繁体字の「氣」は、米を蒸す蒸気の様子を米に气を加えて作られた字です。

どちらも成り立ちに意味があります。

日本の常用漢字の「気」はただ意味もなく「氣」を略しただけですが。

気は中国文化の中核を成す要素の一つです。道教のみならず、儒教や道家思想など様々な分野で気という概念が取り入れられています。そうした中でも、気を最も突き詰めて考えたのは中医学だと断言できます。

その中医学では、気は物質であると考えます。

气,在古代是人们对于自然现象的一种朴素认识。早在春秋战国时期的唯物主义哲学家,就认为“气”是构成世界的最基本物质;宇宙间的一些事物,都是由气的运动变化而产生的。

中医基础理论 上海科学技术出版社

気は古代の人々の自然現象に対する一種の素朴な認識だ。早くも春秋戦国時代の唯物主義の哲学者が、気は世界を構成する最も基本的な物質であり、宇宙の事物はみな気の運動変化によるものだと認識していた。

气,是构成人体的最基本物质。《素问・宝命全形论》说:“人以天地之气生,四时之法成”;“天地合气,命之曰人”。

中医基础理论 上海科学技术出版社

気は人体を構成する最も基本的な物質である。『黄帝内経素問・宝命全形論』では「人は天地の気より生まれ四季の法則より成る」「天地の気が合わさったもの、それを人という」と言っている。

气,又是维持人的生命活动的最基本物质。

中医基础理论 上海科学技术出版社

気はまた人体の生命活動を維持する最も基本的な物質である。

現代では物質は原子という最も小さい元素から構成されていることがわかっています。古代中国では、原子そのものを発見することはできなくても、物質を形作る最も小さい要素が存在すると予測し、それを「気」と名付けました。

昭和の末ごろ、日本に気功が紹介されたときに、日本の一部には気功を必死に否定する論調が現れました。それらを読むと、だいたい「気」を「気持ち」の力だと解釈して的はずれな難癖をつけているだけで話になりませんでした。

中国語の「気」には日本語のように「気持ち」を意味する要素も一応あるものの、その要素は非常に薄いです。日本語的な「気持ち」は中国語では「意识(意識)」と言います。

気を物質的な要素だと認識せず日本語で解釈すると正しい理解はできません。

中医学での気の認識をより具体的に紹介します。

元気:両親から受け継いだ気で、生命活動の原動力。
宗気:外気から吸い込んだ気と飲食物の気が合わさった気。
営気:飲食物から脾胃の働きで化生した清気のエッセンスから作られた気で、血液を作る材料。
衛気:皮膚を覆い外邪の侵入を防ぐ気。

元気は日本語の「げんき」とはまったく違う概念です。子供が生まれでた時に生きていられるのは父母から受け継いだ元気のおかげだと考えられました。大雑把に言えば生命力のようなものです。

宗気は人間が生きるために必要な酸素と栄養と解釈できます。

営気は血液に必要な水分やタンパク質などを総合的に表したものと考えられます。

衛気は、皮膚の防衛機能です。現代では皮膚常在菌が表皮を覆い、その分泌物によって皮膚が弱酸性を保つことで、酸性に弱い病原性細菌やウイルスなどから守られていることがわかっています。

このように、中医学では目では見えないけれど存在すると思われる物質を「気」と表現しました。

日本語的に解釈したり、日本のフィクションなどで使われるような「不思議なエネルギー」だと解釈すると気は理解できません。

道教における気

初期道教では気とはどういう存在だったのか。

五斗米道の創始者・張道陵が著したと考えられている『老子想爾注』には気の記述が数多く見られます。もっとも現存の『老子想爾注』には太上老君の名前も見られるので、張道陵の時代のものではなく老子が神格化された後に改変された、もしくはまったく新しく作られたものだと思われます。

それをふまえつつ、一応『老子想爾注』が道教が形成されていく初期の経典だと仮定して見ていきたいと思います。

まず

腹者道囊氣常欲實

腹は道をしまう袋であり、気は常に腹に満ちようとする。

という記述があります。

ここで言う「道」とは老子が言う天地を運行している法則のようなものです。

この一節は『道徳経』にある「聖人治 虚其心 実其腹」聖人の治世はその心を虚にし、腹を実とするの解釈です。

老子は為政者は無為にしていれば民はおのずから治まるように治まると説きました。素直に読み解けば、聖人の治世とは民に欲や争いを求める心を起こさせず、腹を満たしてやれとなります。

それを『老子想爾注』では、むしろ満たずべきは聖人自身の腹であり、そこには気が満ちると解釈したわけです。後の世に食事を制限し、内丹によって気を満たして体を養うといった思想はここを端緒とするかもしれません。

彊志為惡 氣去骨枯 弱其惡志 氣歸髓滿

悪い気持ちを強くすれば、気は去り骨が枯れる。悪い気持ちを弱くすれば、気は戻り髄に満ちる。

五斗米道は争いや盗みなど悪い行いが病気を起こすと説いて、信者には自省と自戒を求めたと言います。

その根拠として、悪い心を持つと体から気が去るためだとしています。

ここでは気は中医学よりは観念的になってはいるものの、しかし中医学と同様気が生命や健康を保つために必要な物質的な概念であると考えられていたことがわかります。

日本語で言う気持ちは「志」となっており、古代から気は「気持ち」とは別のものとして考えられていたこともわかると思います。

日本語の「病は気から」といういいかげんさとは一線を画します。

精結成神 陽炁有餘

精が集結すれば神となり、陽気には余裕ができる。

精は精気とも呼ばれ気とほぼ同じものとして扱われていますが、厳密には精と気は別のものです。簡単に言うと精は気を生み出す原料のようなもの。

ここで言う神は、信仰対象としての神様ではなく、人体の生命活動そのものを指します。

精が集まることで生命活動が活発になり、陽気が増えて余裕ができるということです。

陽気も日本語で言う性格が明るいことを指す「陽気」でも、おひさまがぽかぽか温かい「陽気」でもなく、陽の気のことです。

炁は気の異体字です。

後世の内丹では「煉精化気」「煉気化神」「煉神還虚」という段階が提示されました。

内丹の第一段階では精を練って気に変え、第二段階では気を練って神に変える。そして最終的には神を練って虚に至り、羽化登仙します。ここにも後の内丹の思想につながる要素が見られます。

こうして見ると道教でも気は人体を動かしているものだと認識していたように思えます。

しかし、それとは明らかに違う宗教的な認識も出てきます。

一散形為氣 聚形為太上老君

一は散じて気という形になり、集まると太上老君となる。

ここで言う一は道の変化の形です。

『老子道徳経』にはこうあります。

道生一 一生二 二生三 三生萬物

道は一を生み、一は二を生み、二は三を生む。そして三からは万物が生まれる。

この道から生み出される概念としての一が拡散されることで気となり、その気が集まって太上老君になる。

現在の道教では太上老君は老子が神格化されたものではなく、老子の方が太上老君が人間として地上に現れた姿の一つだと考えたりもするので、老子以前の根本的な存在としての太上老君は道から生まれたと言いたいのだと解釈できます。ゆえに少なくともこの部分は太上老君への信仰が定着された後に挿入されたものと考えられます。

ともかく、道教では気が集まることで神すら生まれると考えられていたと言えるでしょう。

その後の道教でも神は気から生まれるという認識が受け継がれました。

例えば唐代に成立したと言われる『黄帝陰符經』では

日月有數 大小有定 聖功生焉 神明出焉

日月の転変が一定の期間を過ぎ、大小が定まると聖功が生まれ神明が出る。

日月は陰陽の象徴です。陰陽が転変することで万物が定まると神明が出現する。気という言葉こそないものの、陰陽の転変は気の転変のことですから、気の陰陽が転変することで神が生まれるという記述だと見ることができます。

ただし、内丹の立場から体内で陰陽の気を転変させることで、神妙な功が生じると解釈する場合もあります。

その後、唐から宋にかけて道教の神々が整理されていいく過程で、徐々に神と仙人は混同されていきます。そうなると、神は気から生まれるのではなく、人が修行を経て羽化登仙してなったのだという設定が増えていきました。

それと同時に、道教では内丹派が勢力を強め、気は体の中を巡らせる要素として扱われることが多くなっていきます。これには道教に中医学の理論が流入した影響もあると思われます。

内丹は現代まで伝わり、中華人民共和国成立後は宗教的な要素を排除された後に、治療法、健康法としての「気功」として整理され、中医学の一部となりました。

気によって不老不死を得ることは無理だったとはいえ、内丹家の研究は現代の医療に活かせる成果として残されたわけです。

仙術

Posted by 森 玄通