道教と仏教は必然的に混在してる

2023年4月より放送が始まったTVアニメ『地獄楽』。江戸時代に日本近海に発見された謎の島に、無罪放免を条件に提示された死罪人とその監視役たる首切り役人がバディを組んで派遣され、不老不死の仙薬を探しに行くという内容です。

作中で「仙境」あるいは「極楽浄土」とされる島には奇怪なクリーチャーが生息しており、島に乗り込んだ主人公たちに襲いかかります。その化け物の中には人に近い体をもっているものもおり、数珠を持っていたり体に符を貼り付けていたりします。

それを見た登場人物がこう分析します。

「化物達が身につけている物は宗教的な意匠が多いです。それも仏教か道教に由来するような。仏教と道教は本来別物。混在しているのは違和感がある。」
(TVアニメ『地獄楽』4話のセリフより)

これを聞いて私はひっくり返りました。なぜなら、現実世界では仏教と道教はむしろ混在していて当然のもので、道教を知っていればそこに違和感などないからです。

道教は仏教の中国伝来より後に作られた

中国に仏教が伝来したのは東漢第2代皇帝明帝のころだと言われています。

明帝はある日夢に頭から光を放つ神人を見ました。翌朝の朝議でその話をすると、臣下がそれは西方の「仏」なる神でありましょうと告げます。そこで明帝は求法の使節を西方に派遣しました。その結果、2人の仏僧が中国を訪れ、明帝は2人のために白馬寺を建立して布教をさせました。

いかにも伝説めいており、すでに仏教が伝来していた事実から逆算して捏造された話なのは明らかです。

とはいえ、実際に白馬寺は洛陽にあるし、白馬寺が中国最古の仏教寺院なのも本当です。


洛陽市白馬寺:1995年に撮影した写真をスキャン

白馬寺の建立がいつだったかは明確にはわかっておらず、明帝の伝説より永平11年(西暦68年)だとされています。

日本への仏教伝来は、仏教公伝とされる欽明天皇期、西暦にして500年代半ばよりも以前に、渡来人によって徐々に行われていただろうという説があります。中国の場合はさらに陸続きですから、白馬寺が建立された年代よりさらに以前に仏教が伝えられていた可能性もあるでしょう。東漢初期のころにはすでに仏教が伝わっていたのは確実ではないかと思います。

一方道教がある程度体系付けられた信仰として形成されだしたのは東漢末期以降です。つまり道教が作られだした時代にはすでに中国には仏教がありました。

道教の普及期と仏教の普及期は重なる

東漢末の朝廷の腐敗と社会不安、それに伴う黄巾の乱は、やがて日本人が大好きな魏蜀呉3国に分かれた内乱へと発展していきます。三国志というか三国演義は中国でも人気です。以前田中芳樹という作家が、三国演義は日本では人気だが中国ではほとんど知られていないというような大嘘をついていたけれど、三国演義は伝統的に京劇や講談の人気演目(物語を通しではなく場面を切り取って演じる)だし、映画やテレビドラマも様々作られています。

とまあ田中芳樹氏が嘘つきなのはさておき、黄巾の乱を起こしたのは張角の太平道、その同時期に張魯の五斗米道もありました。太平道と五斗米道は、明確に道教という宗教が作られる以前のプレ道教的な教団です。

太平道は曹操に滅ぼされ、五斗米道は曹操に恭順の意を示したために生き残って天師道という道教宗派になっていきます。

三国時代の混乱は、大雑把にまとめるとまず魏が蜀を滅ぼし、司馬懿の孫の司馬炎が魏から帝位を簒奪して晋を起こし、晋が呉を滅ぼすことで終了しました。

これでやっと平和な時代が来たなと思いきや、晋は三国時代などぬるく思えるぐらいにごちゃっと混乱して、国力の低下は北方遊牧民の台頭を許し、挙句の果てには版図の北西部を異民族にとられるというありさまでした。

頼るべき国が機能しないわ、自分たちより下と見下していた異民族に国の半分をとられるわで、漢代に形成された固定的なヒエラルキーによる安定を唱えた儒教の権威は失墜します。

そんな時代の気分の中で勢力を伸ばしたのが、仏教と道教でした。この2つに共通するのは、現世以外のところに救いの道を提示することです。

東晋から南北朝にかけての時代は、仏教側ではインドや西域伝来の仏典が漢訳され、道教側では外丹や存思などの経典が盛んに作られていました。

ライバル関係にあった道教と仏教は、お互いを攻撃しつつもお互いの要素をパクっていきます。

特に左慈から葛玄、葛洪へと連なるという霊宝派道教は、元始天尊という新たな神格を創作して、霊宝経と呼ばれる経典を作っていきました。霊宝経の多くは、元始天尊、あるいは霊宝天尊が道を語るという形で書かれており、世尊が居並ぶ菩薩や僧侶たちに仏道を語る大乗仏典の体裁をパクっています。

さらに、道教教団で房中術がはやって風紀が紊乱したことをきっかけに、仏教を参考に戒律を定めることで綱紀の引き締めも行われました。

すでに道教の黎明期から、道教は仏教より強い影響を受けていたのです。

道教と仏教を併修した道士

道教と仏教は別物。それはそうです。そもそも出発点が違います。ただ、非常に大雑把な捉え方をすれば、最終的に現世を離れた超越的な存在を目指すという点が共通しています。

上清派の道士で茅山派道教の始祖とも言われる陶弘景は、南朝梁の武帝に教えを授けるほどの高位の道士でありながら、仏教を学んで自ら「釈迦仏陀弟子」と称するほど仏教に入れ込んでいました。陶弘景は南北朝のころの道士ですから、道教の歴史のかなり初期の段階から道仏二教が習合する機運ができていたことになります。これは、漢訳仏典が普及して、南北朝のころには社会に仏教が定着していたことを示すものだと思われます。

時代が下ると、道教と仏教を一つの体系に統合した道士も出現しました。それが全真教の創始者・王重陽です。王重陽は主に宋朝を南方に追いやり中国北方を征服した女真族が建てた金国で活躍した道士で、つまり中国王朝で言えば南宋の時代の人です。

王重陽は呂洞賓と鍾離権から道を授けられたと称した内丹派の道士です。しかし、全真教では道教のみならず儒教・仏教も包摂した三教合一を強く打ち出しました。そして、それまの道教では行われていなかった出家主義を教団に取り入れ、道士の妻帯を禁じるとともに、道士を律する清規(ルール)も定めました。

内丹法は丹田呼吸と意念による体内の気のコントロールを重ねることで丹、つまり不老長生の仙薬を体内に作り出そうとするもの。これは現代気功の内養功に受け継がれている修練です。

一方禅宗は座禅を中心とした修行を通して無を悟り、最終的には衆生の救済を目指すもの。目的と方法は内丹法とは全く違うものの、座禅自体は内丹法と通じる部分があります。王重陽が全真教に禅宗を取り入れたのは、自身が禅宗の修行を経験したためという可能性は高いと思います。

王重陽以降、主に北方道教にそれまでより強く、明確に仏教の要素が混ざり込んでいきました。

仏菩薩や仏僧までも神として取り入れる

仏教の目的は悟りを得て仏陀となり涅槃に至ることです。それは輪廻の輪から解脱して生老病死を繰り返さないためです。しかし日本でその本道を歩む僧侶が何人いるでしょうか?日本で僧侶と言ったら99%は仏僧のコスプレをした葬儀業者や墓地管理業者、観光施設のスタッフでしかありません。一般人にしても、本来の仏教の意味を知って信仰している本来の意味での仏教徒は何人いるのかといった状態です。

道教においても同じ系統があります。純粋に羽化登仙を目指して修行している道士は何割いるのか?まあ日本の僧侶コスプレイヤーよりは割合は多いと思いますが。

日本の仏教が主に葬儀やその後の法要などを商売にして一般人から金をとって稼いでいるのと同様、道教も時代が下るとともに一般人を対象とした商売をするようになりました。それが、数多くの現世利益をもたらす神格の創出、占いや祈祷などです。商売の傾向としては日本の神道に近いとも言えます。

一般人にとっては現世利益が得られるなら拝む対象が道教由来だろうが仏教由来だろうが気にしません。そこで道教や道教に連なる民間信仰は、仏教から仏菩薩を神として取り入れるようになりました。その代表が道教神としての「観音仏祖」「地蔵王菩薩」です。また、地方で地域発展などに功績があり、死後祀られていた僧侶も道教の神として取り入れています。


道教廟で神として祀られる仏僧「清水祖師」:新北市三峡祖師廟

道教の廟に釈迦三尊や観世音菩薩の像が祀られているのは全く珍しいことではなく、というより当たり前のことでそこに違和感はありません。

仏教に入り込む道教

道教に仏教が入り込んで習合していったのとは逆に、仏教に道教が入り込んでいった例もあります。この傾向は、中国よりも台湾の道教で強く見られるように思います。

例えば台北の有名な寺である龍山寺。龍山寺は、福建の泉州三邑からの移民がそれまで地元で信仰していた現地の龍山寺から分霊を受けて創建した寺で、本尊は観世音菩薩です。龍山寺は創建以来仏僧が住持(日本で言う住職)を勤めており、現在でも毎朝仏僧による法要が行われています。

しかし龍山寺の建築様式は道教の三殿式で作られており、後殿には天上聖母や関聖帝君といった道教神が祀られています。

また三川殿には「観音仏祖」と書かれた提灯が下げられています。

仏教であれば菩薩である観世音菩薩を「仏祖」とは呼びません。こういうところにも道教の影響が見られます。

新北市の湧蓮寺も、その名の通りもともとは仏教寺院として建立されました。湧蓮寺の建立には、中国から布教のために船出した結果台湾に漂着した1人の中国人僧と1人の日本人僧が関わっていると伝えられています。

しかし創建後に鄭成功の神格化である延平郡王が祀られるようになり、そこからどんどん道教要素が増えて現在では観世音菩薩が祀られる本殿よりも、道教の神々が祀られる後殿のほうが規模が大きくなっています。

とまあ、台湾には仏教寺院として建てられた後、道教が合体した寺も存在します。

仏教と道教の混在には違和感はない

そんなこんなで、道教には歴史的必然として仏教が混入しているし、中国や台湾では仏教の方に道教が影響を与えるという現象も起きています。

日本でまったくの別物だった神道と仏教が、わけもわからずごちゃあっと混じって神仏習合が起き、明治政府による強制的な神仏分離を経た後の現代でも寺と神社、神と仏の区別がつかない日本人がいるのと同様、中国や台湾でも道教の神々と仏教の仏菩薩はあまり区別なく信仰されてきました。

こうした現実を知っていれば、道教と仏教の混在に違和感があるなどというセリフは出てきません。

まあね、『地獄楽』はあくまでフィクションで、江戸時代末期が舞台とされているのにキャラクターが現代の外来語を使ったり、赤穂浪士の息子がいたりして、現実とすり合わせた設定などされていない作品ですから、道教と仏教の認識も現実と違っていてもかまわないっちゃかまわないことではあります。

この記事もそれをわかった上で、たんに道教と仏教が混在しているのは違和感があるという、現実的には違和感があるセリフに乗っかる形で書いただけのものです。