TVアニメ『天官賜福』第9話解説

TVアニメ『天官賜福』第9話より
主にめんどくさいという理由で止まっていた『天官賜福』の解説記事。残りは4話なので頑張って最後までやろうと思いやっと再会させる気になりました。
前回、半月国の廃墟に薬草を探しに来た太子殿下と行商人の一行は、亡霊というよりは魔物と化した元半月国の兵士たちに捕まってしまいました。
高い壁に囲まれた「罪人坑」に連れて行かれた一行。
死ぬ心配がないからと自ら太子殿下が先に飛び降りようとしたその時、三郎が罪人坑に飛び降りていきました。
『天官賜福』第9話のあらすじ
太子殿下が後を追って飛び降りようとすると、半月国の将軍刻磨に止められしまいます。
ならばと刻磨も道連れにしようと、方術布を巻きつける太子殿下。
その騒ぎに、柱に縛られた黒衣の女性が顔を上げました。って捕まっとる!
半月国は国師だった半月妖道の裏切りによって滅びました。そのため半月妖道は自分が亡霊たちに襲われないために砂漠の旅人を生贄にしているという話でした。
それがとうとう捕まってしまったようです。
突如縛めから逃れ逃げ出した半月妖道は、亡霊たちを次々と倒していきます。
刻磨がそれに気を取られた刹那、太子殿下は刻磨もろとも罪人坑へ。
太子殿下が若邪を伸ばし、つかまろうとしたところ、若邪は結界のようなものに弾かれてしまい、太子殿下は落ちるがままに。
そこに三郎の手が伸び太子殿下を助けました。お姫様抱っこで。
罪人坑の底へついても三郎は汚れるからと太子殿下をおろそうとしません。
三郎に強く抱き直された太子殿下は、三郎に息遣いや鼓動がないことに気付きます。
どうやら罪人坑の底には、半月国兵士の鬼たちがいた様子。それが全て倒されていました。
それを三郎の仕業と思った刻磨は、三郎に襲いかかるも、三郎は太子殿下をお姫様抱っこしたままひらりひらりとかわし、ファンネル的なリモート操作の刀で攻撃。
そんな中太子殿下は、もうこんなことをしたらダメと三郎をしかります。
三郎はもう自分の正体がバレていると覚悟し、自分が人間ではないのかを聞かないのかと問いかけました。
すると太子殿下の答えは、人付き合いは気が合うかどうかに尽き、好きになれば物乞いでも好きだし嫌いなら皇帝でも嫌いだから、三郎が何者でも関係ないという、つまりは告白じゃんこれ!
罪人坑から出るために刻磨を殺さずにいた太子殿下たちは、なおも戦いを挑む刻磨を脅し、また半月妖道を倒しに来たのだと説明してやっと休戦状態に入ります。
そして刻磨より語られる半月国と半月妖道の因縁。
半月妖道は母親に半月国人、父親に中原の永安国人を持ち半月国で生まれました。しかし父親は辺境の暮らしに耐えられず、妻子を残し一人中原へと戻ってしまうというろくでもねえやろうでした。
そのせいで心を病んだ母親は、娘が幼い時に死に、娘は戦乱の最中姿を消して、永安国の妖術を身につけて戻ってきました。
邪悪な妖術を身に着け、永安国の血を引いていることから疑われる少女。その少女を不憫に思って配下に加えたのはなんと生前の刻磨将軍。
将軍の元で信頼を得た少女は国師に推挙され半月国師となったのです。
ところが国師は永安国との戦争中に城門を開き、そのせいで半月国は滅びました。
と、そこに半月妖道が降ってきました。
で、ですよ、EDのキャストを見たら半月:花澤香菜となっていました。てっきり砂漠で太子殿下を襲った白黒の2人組のうち黒いほうが捕まっていたと思っていたらどうも違ったようです。いや、ちゃんとセリフをしゃべったなら森なな子さんと花澤香菜さんの違いぐらいわかりますけど、今回発したのは
さて前回から突然始まった「天官の学び舎」。今回紹介されるのは無形文化遺産(非物質文化遺産)澄城刺繍とその継承者の党菊香さんです。
『天官賜福』第9話の解説
話が佳境に入り、舞台が砂漠となったことで今回も道教の観点から解説することは何もありません。
澄城刺繍は、2008年に非物質文化遺産に指定された澄城県の伝統文化です。
澄城県は、陝西省の省都西安市の北東に位置する渭南市にあります。中国の行政区画は日本と異なり、県は主に省の中の地級市のさらに下に属します。
百度百科を見ても澄城県を舞台にした歴史的に大きな出来事はなく、林業と牧畜が主要な産業となっているのんびりした地域のようです。
澄城刺繍はそんなのんびりした農村で生まれ、最低でも千年の歴史があるといいます。
澄城では嫁入り前の女性が必ず身につけるべき技術の一つだったとか。
というと突如発狂する一群の人もいそうですが、女性ならではの細やかな感性と手作業で生み出される芸術は肯定されるべきだと思うんですけどね。
ああいう人たちってなんで女性らしくあろうとする女性まで否定して、多様性がない均質な没個性を他者に強制しようとするんでしょうか?画一的な男らしさ、女らしさを強要するのはダメだけど、それすらなく全部同じでいろというのはもはやファシズムです。
まあ文革あたりの中国もそんな感じだったから、そういう流れをひいているんだと思いますけど。
道教を含め、多くの中国文化で用いられる太極図は、陰陽の対立と転変を描きます。

白は陽で黒は陰。陰陽は対立しつつも釣り合って、陰が極まれば陽となり、陽が極まれば陰となります。
孔丘はアホなので陰陽に上下をつくりましたが、本来の陰陽には上下がなく対等で、だからこそ釣り合っているわけです。
そして、純度100%の陰も、純度100%の陽もありません。勾玉の穴のような形で白には黒丸、黒には白丸があるのはそれを示します。
また、白と黒が半月同士ではなく、お互いの領域に食い込むようになっているのも、陰には陽の、陽には陰の要素が含まれていることを示します。
つまり太極図の形は、陰陽にもグラデーションがあることを意味しています。
陰陽図が示すのは多様性です。男女それぞれを截然と分ける二元論でも、性差を問うのは間違っていて全部同じでなければいけないという一元論でもありません。
古代の房中術も、男女が陰陽の気を交流させ、男女それぞれが健康になることを目指すものでした。少なくとも『素女経』で解説されている房中術はそのようなものです。
そこには男性を上位とする思想も、性差を否定して均一化させようとする思想もありませんでした。
古代道教、もしくはその礎となる思想には性差に対する差別はあまりなく、実際女性を宗祖とする宗派もあります。
それが後に儒教の影響を受け、女性を低く見るようになったのは愚かなことだと思います。






