道教の神々:太陽星君

洋の東西を問わず太陽を神格化した太陽神は世界中にいます。

太陽はなんといっても地上から見える一番目立つ天体ですから、古代の人々が神と崇めても不思議ではありません。

中国にも古代から太陽信仰がありました。道教にも太陽神がおり、それが今回取り上げる太陽星君です。

道教以前の太陽信仰

『礼記』祭儀に

郊之祭 大報天而主日配以月
夏后氏祭其闇 殷人祭其陽 周人祭日以朝及闇
祭日於壇祭月於坎以別幽明以制上下
祭日於東祭月於西以別外內

郊の祭では天に大いに報いるために日を主とし、月を配する。
夏后氏は暗闇の中で郊の祭を行い、殷人は昼間のうちに郊の祭を行った。周人が日を祭る時は、朝から暗くなるまで行う。
日を祭るのは壇上で行い、月を祭るのは低いところで行って、幽明を分け、上下を制した。
日は東で祭り、月は西で祭ってその外と内を分けた。

と記録されています。

郊の祭とは天に対する祭事です。周は天を信仰していました。この天の信仰はもともとは中央アジアの遊牧民のもので、これが西に伝わって一神教になったとも言います。

ここでは夏を興した夏后氏と商を興した殷人も天を祭っていたように書かれていますが、これは天の信仰が周朝によりもたらされたものではなく、禹王の時代からあったものだと印象付けるためのプロパガンダ。つまり周が正当な中原の支配者であると印象付ける意味があるかもしれません。

夏はともかく、商は実際には祖霊崇拝でした。ただし太陽信仰もあった可能性はあります。

ここで気をつけるべきなのは、太陽はあくまで天を祀るためのものであって、太陽そのものが祭りの対象ではないということです。

天が上位で、太陽はその下。この関係性は後の道教にも引き継がれます。

漢代にはさらにその上に「道」が置かれました。

『淮南子』天文訓にこう記されます。

道始生虛廓 虛廓生宇宙 宇宙生氣 氣有涯垠 清陽者薄靡而為天 重濁者凝滯而為地
清妙之合專易 重濁之凝竭難 故天先成而地後定
天地之襲精為陰陽 陰陽之專精為四時 四時之散精為萬物
積陽之熱氣生火 火氣之精者為日 積陰之寒氣為水 水氣之精者為月 日月之淫為精者為星辰

道は始め虚廓を生んだ。虚廓は宇宙を生み、宇宙は気を生んだ。気には限りがあり、その清陽なものは軽く浮き上がって天となり、重く濁ったものは凝り固まって地となった。
清妙の気は交わりやすく、重く濁った気は固まりにくい。そのため天が先にできてから地が定まった。
天地より受けた精が陰陽である。陰陽は精を集めて四季を作り、四季から精が散ってできたのが万物である。
陽の熱気が積み重なって火が生まれ、火気の精が日となった。陰の寒気が積み重なって水となり、水気の精が月となった。日月が交わってその精により星辰ができた。

「道」は春秋時代ごろから提唱された概念で、一人道家思想のみが説いたわけではありません。ただ、この「道」を思想の中心に置いて突き詰めたのは老子や莊子などで、故に道家と呼ばれます。『淮南子』はこの道家思想の影響が強い書物です。

まず全ての根源に道があり、道から宇宙が生まれた。ここで言う宇宙は現代語の天空のことではなく、全ての空間と全ての時間。つまり世界そのものを意味します。天地は宇宙から生まれた気が分かれたものに過ぎず、太陽もまた気の一つの表れに過ぎない。これが西漢のころに道家、もしくは黄老学が考えていた世界の成り立ちです。

道教で忘れられる太陽信仰

道教はその最初期から太陽信仰が抜け落ちていました。

東漢末から形作られてきた初期道教。そのうち太平道は「黄天」なる神を信仰していたといいます。黄天はまた中黄太一とも呼ばれる太一(太乙)神です。太一は古代に北極星だった星で、太一神はその神格化です。

『後漢書』 孝霊帝紀には「鉅鹿人張角自稱黄天」とありますから、張角は自らを神の化身として信仰させていたのでしょう。ともかく太平道が立てていた神は太一、その実張角本人であって、ここに太陽信仰はありません。

もう一方の五斗米道は老子を始祖と仰ぎ、その思想を独自解釈して教義としていましたから、こちらも太陽信仰はしていません。五斗米道では老子への信仰が高まり、太上老君という神が作り出されました。

晋代になると葛洪の師の師である葛玄を道祖と仰ぐ霊宝派道教が誕生します。霊宝派は元始天尊というオリジナル最高神を生み出しました。元始天尊は宇宙の根本の神です。「道」の神格化としては霊宝天尊がいますから「道」のさらに上の存在がまた作られたわけです。中国人は他より自分たちの権威を高めるために屋上屋を架すのが好きですね。

南北朝のころに、上清派の道士・陶弘景が元始天尊を頂点とする神々のヒエラルキーを定めた『真霊位業図』を作りました。秦始皇帝や曹操、あるいは劉備や郭嘉まで神として並べているのに、ここには太陽神の姿は見えません。

まるで古代にはあった太陽信仰がこの頃にはすっかり忘れ去られているかのようです。

太陽信仰の復活と太陽星君

道教の黎明期である東漢末から南北朝あたりまではすっかり忘れられていた太陽信仰は、隋唐のころにどうなっていたかはよくわかりません。ただ、北宋のころには太陽神が作られていました。

おそらく五代か北宋初期に作られたであろう『太上洞真五星秘授經』には太陽真君の神名が見えます。

太陽真君 主照臨六合 舒和萬彙 如世人運炁逢遇 多有喜慶 宜弘善以迎之 其真君 戴星冠 躡朱履 衣絳紗之衣 手執玉簡 懸七星金劍 垂白玉環佩

太陽真君は東西南北と天地の六合を照らし、万物を調和させる。それは人の気を運用して出会わせるようで、多くの喜びをもたらし、寛容と善をのべることをもって迎えられる。その真君は星の冠を戴き、朱の靴をはいて絳紗の衣をまとい、手には玉簡を執って七星金剣をかけ、白玉の環佩を垂らしている。

この時点ではっきりした外見の設定ができています。

北宋の道士・李思聡がまとめた『洞淵集』にこうあります。

日者太陽之精 人君之象 日中帝君仙官神吏萬眾皆修鬱儀奔日之道
日為洞陽之宮 自然化生空青翠玉之林 天官採食花實 身生金光
日之精炁 化生金烏 棲其林朝出暘谷夕沒崦嵫一年一周天
日宮太陽帝君 上管周天二十八宿星君

日は太陽の精であり、人君の象徴である。日中の帝君、仙官、神吏、万衆は皆鬱儀の法を治め、日の道を走った。
日は洞陽の宮であり、そこには青い空の翠玉の林が自然に生まれる。天官がそこで花や果実を採って食べると体から金光が出る。
日の精気は金鳥を生む。金鳥は翠玉の林に住んでおり、朝には暘谷を出て夕方には崦嵫に沈み、1年で一巡りする。
日の宮殿に住む太陽帝君は、二十八宿の神々を管轄する。

こちらでは太陽帝君と、真君より格が上がっています。ただ、これら太陽神が、北宋になって突然作られた神格なのか、隋以降宋に至るまでの400年弱の間に太陽信仰の需要ができて作られていった神なのかはまったく不明です。

ともあれ北宋の時点で道教に太陽神が作られており、太陽真君や太陽帝君等の神名がつけられていたことは確かです。また二十八宿星君、つまり二十八宿が神格化された神の上司のような役割となっていました。

南宋に作られた『道門定制』には多くの太陽神の神名が記されます。

・太陽朱明上帝
・太陽炎極朱明上帝
・太丹炎光鬱明太陽帝君
・太陽守星君
・戊已黃神歳德尊神太陽竈君

これらが一柱の同一神を表す別名なのか、それとも別の神格なのかはよくわかりません。道教経典の中にはとりあえず神様の名前をいっぱいならべとけみたいなものもよくあります。

星々が神格化された神には「星君」という尊称が付くので、太陽帝君も太陽星君とも呼ばれます。これは太陽帝君から太陽星君へと神名が移り変わったのではなく、現代でも太陽帝君という神名も使われています。


基隆市代明宮

太陽星君の誕生に仏教が関わっている可能性もあります。

道教廟では、玉皇大帝の配神として太陽星君、太陰星君が祀られていることがあります。


新北市湧蓮寺

これは薬師如来の脇侍として置かれる日光菩薩と月光菩薩をパクったものではないかと思われます。

玉皇大帝は天帝ですから、天の配下として日月の神が置かれるのは自然なことです。

太陽星君が阿弥陀如来の化身だとする経典もあります。

『太陽星君真経』は作者不詳でいつ作られたのかもわからない経典ですが、内容的には仏教色が強いです。内容をかいつまんで紹介すると

太陽は諸光仏であり、太陽を敬わない者はいない。太陽が生まれた3月19日に家家で念仏して香をささげ、この太陽経を読経すれば、その家は災いの星から守られる。そして毎朝7回太陽星君を念じれば、地獄に落ちることはなく死んだ後には浄土に転生できる。

という感じ。諸光仏は阿弥陀如来のことで、これは浄土教と太陽信仰が結びついて作り出されたものです。

『太陽星君真経』がいつごろ作られたのかはまったく不明。ただ、清代に作られたものだとする考察はあります。というのも、太陽が生まれたとする3月19日は明朝最後の皇帝崇禎帝が自害し明朝が滅びた日だからです。つまり暗に崇禎帝が太陽星君へと生まれ変わったのだと示唆しているというのですね。こじつけっぽくありつつも、脈絡なく太陽が3月19日に生まれたと言い出す根拠としてはそれなりに納得できるものもあります。

この説を信じるなら、宗教を隠れ蓑にした反清復明の秘密結社が作った経典なのかもしれません。

浄土教の阿弥陀如来に帰依すれば極楽浄土に生まれ変われるという思想は、日本でも一向宗のような宗教テロ組織を生み出したように命を惜しまない死兵を生み出しやすいです。

まあ、本当に反清復明の意図を潜ませた経典だったのかどうかはともかく、仏教側は普通に浄土教の思想を使えばよかったので『太陽星君真経』が仏教に取り入れられることはなく、太陽星君は太陽の化身としての道教神に落ち着いています。

道教の神々

Posted by 森 玄通